2013/09/07

George Brant, "Grounded" (Gate Theatre, 2013.9.5)


無人戦闘機を操縦する女性パイロット
"Grounded"

Gate Theatre公演
観劇日:2013.9.5  19:30-20:35 (no interval)
劇場:Gate Theatre, London

演出:Christopher Haydon
脚本:George Brant
セット:Oliver Townsend
照明:Mark Howland
音響:Tom Gibbons

出演:
Lucy Ellinson (The Pilot)

☆☆☆ / 5

無人の偵察機が米軍によって使われ出してからかなり経つと思うが、近年は戦闘機など攻撃用にも使われている。ウィキペディアによると、こうした攻撃用無人飛行機(Unmanned Combat Air Vehicle [UCAV] )は「テロとの戦争」において、現在もパキスタン国内などで米軍により使われているそうだ。更に、これらを操縦する軍人の精神的ストレスの大きさも既に問題となっているようだ。この劇はそうした題材を正面から扱ったひとり芝居。非常に緊迫した1時間で、大変良く書かれ、演じられており、私も身を乗り出すようにして見た。しかし、どうしても私には、この作品に限らず、演劇作品としてのひとり芝居の不自然さが引っかかってしまって、その面での不満は残った。とても大事なテーマを扱った劇であり、ひとり芝居では無く、複数の俳優が出る劇であったら、と思った。この夏のエジンバラ・フェスティバルで好評を博してGate Theatreにトランスファーした公演。

主人公は米軍でも珍しい女性の戦闘機のパイロット。大変自信にあふれ、空を飛ぶことを人生最大の生きがいにしている。男達はそんな彼女に恐れをなしてか、なかなか近寄ってこない。しかし、Ericという若者だけが、軍服を着た彼女にオタクみたいに惹かれて、彼女は彼とつき合い、結婚(あるいは同棲?)し、子供を産む。ところが職場復帰した彼女は第一線の戦闘機操縦の仕事からはずされ、ネバダ州の砂漠の真ん中にある基地で無人戦闘機のパイロットとしての勤務を命じられる。空を飛べなくなった彼女はそれだけでもショックであったが、戦場から遠く離れた、平和な米国内の基地で、中東、あるいは中央アジアの戦場を飛ぶ無人戦闘機を操ってターゲットを殺害、あるいは爆撃し、人を殺す、という日常の「業務」(この仕事を皮肉っぽく'chair force'と呼んでいた)が彼女の心をむしばみ始める。ラスベガスに住み、朝起きて、娘のSamを保育所に預け、1時間ほど砂漠の中の道を運転して9時に出勤。そして午後5時まで、画面を見つつ無人戦闘機で敵を追い詰め、射殺し、そして、夕方5時になったら、仕事をやめて、車を運転し、Samを保育所に迎えに行き、家に帰ってEricやSamと静かな夜を過ごす。モニターの向こうの残虐な戦場、静かで冷徹な仕事場、そして平和な日常の暮らしという3つの場面のもの凄い隔たりが二重三重に彼女を追い詰める。最初彼女は、地上勤務の疑似パイロットになったことに差別されたと感じ、仕事に大変不満を感じる。しかしモニターを見つつ敵を追い詰め、爆撃や射殺をしていく作業が、まるでコンピューター・ゲームに興じる一般人のように彼女を捕らえて、彼女は夢中で仕事に打ち込み、家庭をおろそかにするほどになる。しかし、やがてゲームでのように容易に人を殺していくことの罪の意識も生まれている。彼女の心の中では徐々に、ネバダの砂漠と中東の砂漠の境が分からなくなり、通勤で運転する乗用車と無人戦闘機が、更に、標的にしている人達の姿と自分の家族のイメージが重なり始める・・・。

芝居が始まる前、開場した時から主演のEllinsonは小さな舞台の上に仁王立ちになって、入ってくる我々観客の1人1人を睨みつけるように凝視している。Gateの小さなステージ全体が、その彼女をおおうように白い紗の布でおおわれ、それを通して我々はモニターをのぞき込むように、あるいは刑務所や精神病棟の一室をのぞくようにして彼女の演技をみる。彼女がアメリカの基地から遠く離れた人々を遠隔攻撃するのと同じように、傍観者としての私達観客(一般市民)の罪も示されているのだろうか。

脚本を読んだことがなかったので、細部は良く分からないところが多かったが、それでも大変説得力ある劇だった。特にただ1人の出演者のLucy Ellinsonの能力を讃えたい。逞しく、自信溢れたパイロットが、内面から徐々に崩壊していくプロセスを雄弁に演じた。☆を3つにするか、4つにするかとても迷った。ひとり芝居故の不自然さと、ひとり芝居だから生まれた緊迫感、どちらを考慮すべきか、なかなか難しい。

ここで描かれるパイロットは精神に異常をきたすが、こうした業務をまるでコンピューター・ゲーム同様に仕事としてこなして、遠く離れた異国にいる敵を遠隔操作により効果的に殺害し、そしてシフトが終われば平和な日常生活を飄々と過ごしている軍人も多いのだろうか。正気を失わずにそうできる人の方が、ある意味、この主人公より余程異常だ。折しも化学兵器の利用をめぐって、シリア政府軍を米軍が攻撃すべきか、大きな国際問題になっている。オバマ大統領は地上軍は派遣せず、飽くまで爆撃、ミサイル攻撃などに限定するらしいが、無人戦闘機の使用も同じことだろう。血みどろの地上戦は残虐だ。しかし、一方の側に殺人の残虐さを忘れさせるような兵器による攻撃は一層残虐に思えた。

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