2014/05/07

NHK ETV特集「辞書を編む人たち」 2014年5月2日放送

録画をしていて、5月5日に見た。期待以上に面白かった。同じ番組を見た友人も、とても楽しんだようだ。人文科学系の勉強や仕事をしている学生、社会人、教員には特に面白い番組だろう。まずは、番組のホームページから、案内の一部を引用する:

「無人島に一冊だけ本を持っていくとしたら?」この問いに多くの人がある本を選ぶ。辞書である。言葉だけでこの世界のすべてを表現する。自然も人の心も具体物も抽象物もあらゆる物事を言葉だけで表現する辞書は言わば小宇宙である。番組では、辞書専門の出版社の改訂作業に半年間にわたり密着した。新しい言葉を追加し、従来の項目を改め、不要となる言葉を削除する。日々新たな言葉が生まれては消えていく時代、改訂とは、言わば辞書に新たな命を吹き込む作業である。

記録されているのは、国語辞典『大辞林』第4版の編集を行っている三省堂の辞書部。と言ってもこの国語事典に携わっているのは、編集長、ベテラン編集部員の男性1名、2年くらい前に定年退職し今は嘱託勤務の第3版編集長のたった3人のおじさん方。更に、撮影の間、インターンとして来ていた筑波大の博士課程の院生、石塚直子さん。番組は、主に、編集部で働き始めて好奇心と興奮に満たされている石塚さんの視点で編集作業を追いながら、辞書作りの難しさ、楽しさを伝え、更にデジタル出版へと移行しつつある時代における「辞書」を作ることの意味を考える。新しい言葉を貪欲に追い続けなければならない国語辞典の編集部には、女性や若者も必要だと思うが、費用の関係でそう沢山は人員を配置できないんだろうなあ。

『大辞林』は1959年に最初に計画されたが、実際に第1版が出版されたのは1988年!辞書の制作が如何に手間がかかる仕事かしのばれる。また、その間、三省堂は倒産し再建されるなど、会社としても大変困難な時代を経ている。それでもこの大事業を諦めなかった編集者や経営者に感銘を受けた。

編集長は、片時も言葉の採集に余念がない。通勤時に道を歩いていても、看板や広告などから気になった言葉を携帯で撮り、後で調べたり、語釈を考えたりする。インターンの石塚さんには、若い女性向けの雑誌に載っている新語を採集させ、その語釈を考えさせる。例として出て来たのは、「エッジの効いた」とか、「頭を盛る」(髪を盛り上げるようにしたヘアスタイル)など。更に「足を盛る」なんてのもあった。そうすると、「盛る」というのは、「飾り立てる」ということになるようだ。

辞書制作の面白さに加え、この番組の魅力は、インターンの院生、石塚さんの素直な学究心だ。彼女は幼稚園の卒園式でもらった子供用絵本辞書で辞書を読む魅力に取りつかれ、それ以来辞書への熱意を保ち続けて今に至った。博士課程の院生だが、学問的な野心なんか感じさせず、ひたすら学ぶ事の楽しさに突き動かされて言葉を探求している姿は、理想的な研究者に見えた。彼女は、出版社で実際に辞書の編纂をすることを希望していて、最後は就職活動のシーンが映っていた。希望の職に就けることを切に願ってやまない。

その他に出てこられた編集部の方々も、過去の編集長も、なかなか魅力的な「知の職人」とでも言うべき人たちだった。こういう無名の民間の方々が日本の知の土台を支えているんだと思った。感謝したい。

番組のホームページ。NHKオンデマンドで視聴可能。辞書や言葉に関心のある方なら、216円払っても見る価値あり。

なお、小説や映画で大評判になった『舟を編む』はこの編集部を題材にして作られたようだ。私はまだだが、近いうちに見るつもりだ。

そう言えば、私の大学院時代の恩師のひとりはご自身、有名な英和辞典の編集をなさったが、全20巻、平凡社大百科事典くらいのボリュームがある『オックスフォード英語辞典』(Oxford English Dictionary略称OED)を最初から順番に読んでいて、最後まで読み終わったらしい。もの凄く細かい方だった。あの頃、大学院の授業の予習というと、図書館や研究室の書庫でひたすらOEDを引きまくる、というのが多かったなあ。その他、Britannicaとか、Oxford Companionsなど各種のリファレンスには大いにお世話になった。今は大きな大学に籍のある学生や教員なら、それら全てがオンラインで検索でき、とても手軽に下調べが出来るようになった。言語学的な研究では、文章を一文一文読んで細かな手作りのカードを作らなくとも、各種のデータベースにより即座に例文や統計が得られる。但、デジタル化により、研究姿勢が安易になったとか、中世や近代初期など古い言語の場合、もとの作品などを正確に読解する能力がないのに、単語や例文だけデータベースで抽出して研究データにする、などの弊害が長らく指摘されている。

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