2018/06/19

中世劇と説教の関係

週末学会があった三重県への行き帰りの電車などで、シェフィールド大学のCharlotte Steenbrugge博士の昨年発行の単著、'Drama and Sermon in Late Medieval England' (Medeival Institute Publications) のイントロダクションなど最初の方を読み始めた。

具体的な事がたくさん書いてあり、分かりやすく、私の勉強の上でも色々と参考になる。イントロダクションの冒頭に書いてあるが、説教と中世英文学の関係について、1933年に出版され、その後ずっと大きな影響を持ってきた研究書が G. R. Owst, 'Literature and the Pulpit in Medieval England' (Oxford UP)。この本の中でも、特に、中世イギリス演劇と説教との関係について、Steenbrugge博士の本はOwst の記述を塗り替える試みだ。私も、特に修士論文を書いた頃には Owst の本に大変お世話になり、大きな影響を受けた記憶がある。Owst は、その内容において中世劇と説教の間には密接な関係があると主張しているが、Steenbrugge博士は、イングランドでは両者の間の繋がりは基本的に中世末期における共通のキリスト教文化に属しているために生まれたのであり、説教が直接劇のスクリプトに影響を与えたとか、説教をしていた司祭や托鉢修道士が宗教劇と深く関わっていたと言う証拠はない、と証明しようとしている。

説教と演劇に深い関係があると思われてきた理由の一つは、少なくとも大陸諸国ではそのような具体例がかなりあるからだ。フランス語の聖史劇(mystères)では説教がテキストに組み込まれているらしいし、道徳劇(moralités)の台本にも説教の影響は顕著らしい。さらにフランスでは、托鉢修道士が、まるで無声映画の弁士や文楽の義太夫のように、無言劇(tableaux vivants)のシーンに対してコメンタリーを提供した上演例もあるそうだ。上演場所も、イタリアなどでは教会の内部で俗語の演劇が行われることがあった。そういう近代語の宗教劇(聖史劇や道徳劇)と説教とか聖職者、教会等との密接な結びつきは、REED (Records of Early English Drama)シリーズで非常に多くの上演資料の発掘がなされてきたにもかかわらず、イングランドではほとんど例がないそうである。それどころか、イングランドの聖史劇上演の主体であったヨークやチェスターの市当局は、地元の宗教オーソリティーとはむしろ一定の距離を保つ傾向があった、と筆者は見ている。この点は私が今までよく考えてなかったことで、大変面白いと思った。聖史劇の上演主体が教会とそのように距離を持っていたとすると、劇のテキストに聖職者批判が書き込まれていても不思議はない。事実、受難劇に出てくるユダヤの傲慢な聖職者像は、当時のイングランドの聖職者を揶揄する意図があるのかもしれない。

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