しかも、リンク先を見ていただくと分かるように、この本には挿絵がかなり付いている。ところがこれらの挿絵はもともとこの本と一緒に出版されたのではなく、後にこの本を手に入れた読者のひとりが貼り付けたものらしい。
さて、Heglandさんの記述に沿ってこの本の来歴を順にさかのぼって紹介しよう。まずこの本の原作は16世紀イタリアの教会史学者、Caesar Baroius (1538-1607)によるラテン語のベケット伝で、これは1586-88年頃に流通していた。このラテン語の著作が、いつかは分からないが英語に翻訳され、パリに在ったColloniaeという出版業者から1639年に出版された(この時点では挿絵は付いてなかったようだ)。このColloniaeは、"widow of J. Blageart"(J. Blageartの未亡人)という女性により運営されていたそうで、他にも商業出版に広く関わっていた。この時代は勿論イングランドではカトリックの活動など到底不可能な時代だったが、こうして英語のカトリック出版物を印刷して、大陸で売り、そしておそらくイングランドにも密輸していたのだろうか。
この本には、その後18世紀に所有していた読者のサイン、"J. M. Teale, 28th Jan 1786, Maidstone Kent"という書き込みがある。つまり、この本はいつの時点でか分からないがイングランドに運ばれ、(大陸において、あるいはイングランドで)挿絵が加えられ、そして18世紀末にケント州のメイドストーンに住むJ. M. Tealeという人の手に渡ったわけである。1778年に発布された法律The Catholic Relief Act(カトリック解放法)により、イングランドのカトリック教徒はやっと土地所有や軍隊への入隊が認められたくらいで、Tealeさんの時代はまだまだ2等市民といった差別を受けていたと言って良いだろう。そうした時代、ひっそりとこの書物は読まれたのだろうか。
1170年のクリスマスに暗殺されたベケット、その後中世における熱烈な信仰の高まりと、宗教改革による聖者信仰の弾圧。そうした歴史の後に書かれ出版され、おそらく信仰の支えとして読み継がれたのがこの本。なかなかドラマチックだなあ、と感銘を受けたのでした。
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