2014/03/11

大英図書館が取得した中世劇写本の続報

先日このブログで書いた大英図書館の取得した中世劇写本、British Library Additonal MS 89066/1と89066/2について、同図書館のMedieval Manuscript Blogで、学芸員のJulian Harrisonが更に説明を加えているので、概要を紹介したい。

この2つの写本は既にデジタル化され、インターネットで閲覧出来るようになっている:第1巻第2巻

挿絵画家Loyset Liédetについて

前回書いたように、この写本はLoyset Liédet(1420?-1479)による20枚の彩色挿絵が入っている。彼はフランス北部の町Hesdinの出身で、1469年にブルージュの出版業者(写本製造業者)の組合に加入している。彼はブルゴーニュ公のお気に入りのアーティストであり、少なくとも15冊、おそらく20冊くらいまでの「現存する」写本の装飾をしたと考えられている。ということは、大昔の事であり写本の多くは失われたので、それよりも遙かに多い数の写本制作に関わったに違いない。この写本においては、彼は特に、劇の世俗的な場面を想像力を駆使して描くことに長けている、とHarrisonは書いている。

Liédetの作品は当時のファッションや織物、世俗の生活などの貴重な記録であり、戸外の風景に加え、室内の様子への新たな関心がうかがえる。この写本で、Liédetはト書きを含む劇のテキストの記述を挿絵において綿密に表現している。

写本制作の費用

フィリップ善良公の死後に作られた出納簿により、写字生(scribe)と画家の名前、写本制作の費用が分かっている。写字生は、Yvonnet le Jeune。この本は全部で39帖(クワイア、quires、注1)あり、ひとつの帖について、16シリング(注2)を支払われている(総額で30ポンド強)。Loyset Liédetはそれぞれの挿絵につき18シリング、20枚あるので、全部で18ポンド受け取っている。大文字(capitals)の細密な装飾に対しては、各12ペンス、全部で24シリング(1ポンド強)支払われた。表紙や背などの装丁(binding)には31シリングかかった。また、当時の本は金具のベルトでしっかり閉じられる、と言うか、縛られるようになっていたりするが、この本もそうだったようで、この本を縛る金具に14シリングかかっている(但、当時のbindingは残っていない)。本全体の費用は、51ポンド19シリング。他の芸術・工芸品と比較すると、同時代の大きく豪華な3枚続きの祭壇画(triptych)の例で、33ポンド強かかっているという記録がある。生活費と比較すると、フィリップ公宮廷の上級の軍人(The Master of Cannon)、つまりかなりの高給取りの1年の給与が6ポンドという時代だったそうなので、少なくとも今の庶民感覚で言うと、数千万円単位のスケールの豪華本だったのではないかと(これは私が)推測する。

(注1)帖(quire):中世西欧の多くの写本は、まず4枚の羊皮紙を重ね、これを2つに折って8枚(16ページ)の冊子を作る。この一束16頁の折られた羊皮紙を"quire"と言う。こうした冊子を更に重ねて本とする。但、それ以外の枚数の羊皮紙を折り重ねる場合もある。また、近現代の植物性の洋紙における"quire"は別の重ね方:通常、24〜25枚の紙を重ね合わせた冊子。
(注2)1シリングは12ペンスで、1/20ポンド。

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