2014/08/15

古今のSheep Rustling(家畜泥棒)

前回のエントリーでロンドンでの観劇を取り上げたので分かるようにイギリスに来ている。私はこちらに来ると、大抵時差ボケと出発前の疲れのため胃腸の調子が悪くなり、特に最初の一週間くらいは最低の体調となる。出かけるとふらふらするし、突然胃腸が痛くなったりするので宿舎で寝たり起きたりしていることが多い。そんな具合だからテレビのニュースをよく見ていると、昨日からBBCではイギリスの農民が盗難被害にあっていることを繰り返し報道している

同様の盗難は日本でも頻発していて、イギリスに来る前にも豚が一度に何十頭も盗まれたというニュースをテレビで見た。家畜以外にも、野菜や穀物、農薬、そしてとくにトラクターなどの高価な農業用の車両や機械が狙われているようだ。

さて、東西におけるこのニュースは大変嘆かわしいが、それを伝える"sheep rusling"という表現は知らなかった。rusltle とは葉とか衣類がサラサラ音をたてることを表現する言葉だが、ここでは「家畜を盗む」という意味で使われている。この語には、「さっさと動く」「せっせと活動する」「努力して集める」というような意味があり、それらから派生した意味なのだろう。なるべく音を立てないで、こっそり、しかし急いで家畜を追い立てて盗んだりすることからできた用法かしら、なんて想像する。比較的新しい用法で、この意味での『オックスフォード英語辞典』(OED) の初出は1886年のテキサス州の上訴審裁判所の法廷記録からの例:

He and Turner...went to Coppinger's pasture, intending to kill the negro Frank, and ‘rustle’ six head of fat cattle, then in Coppinger's pasture. (Texas Court of Appeals Rep. 20 408)

家畜泥棒なんて、如何にもアメリカ、それもテキサス州で頻発しそうな事件だ。

さて、"sheep rusling"について私が思い出すことというと、タウンリー・サイクル(別名、ウェイクフィールド・サイクル)の聖史劇の「第二の羊飼い劇」(The Second Shepherds' Play) に描かれる羊泥棒。このエピソードはキリストの生誕を描くクリスマス劇で、マックという農民が羊飼い達から一頭の子羊を盗み、自分の子供と見せかせて揺りかごの中に隠すが、捜しに来た羊飼いたちに見つかってしまう。キリストを子羊に例える(やがて磔刑になるキリストは贖罪の捧げものの羊)ことを巧みに利用した傑作であり、英語の聖史劇の中でも、おそらく最もよく知られた作品だ。

中世イングランドに関してもうひとつ思い出されるのは、『パストン家書簡集』(The Paston Letters)における家畜泥棒。パストン家は、15世紀、バラ戦争の前後に中部イースト・アングリア地方で大きな勢力を持っていたジェントリ階級の一族。彼らの手紙の中で、家畜の奪い合いがしばしば述べられている。パストン家の人々は長年近隣の有力者たちと土地や不動産をめぐって争いを繰り広げるが、その際、係争中の土地に住んでいる農民から無理矢理年貢を徴収したり、家畜を奪い取ったりするのが常套手段なのである。二つの家の勢力争いのとばっちりを食っている農民にとっては耐え難い迷惑だったことだろう。パストン家の女主人マーガレットが1465年5月20日に夫のジョン(一世)に宛てた手紙によると、ドレイトンという荘園の賃貸料や小作料の一種の抵当として牛を77頭も奪っていったとある(J &  F ギース『中世ヨーロッパの家族』("A Medieval Family: The Pastons of Fifteenth-century England")三好基好訳(講談社学術文庫)p. 222)。古い英語を読んでみたいという方に、原文の抜粋:

Please it you to wyte that on Satour-day last youre seruauntys Naunton, Wykys, and othere were at Drayton and there toke a dystresse for the rent and ferm that was to pay, to the nombere of lxxvij nete, and so broght them hom to Hayllesdon and put hem in the pynfold, and so kept hem styll there from the seyd Satour-day mornyng in-to Monday at iij at clok at aftere-non.   出典はこちら。

現代英語の綴りに直すとこうなる:

Please it you to wit (know) that on Saturday last your servants Naunton, Wykes, and others were at Drayton and there took a distress for the rent and farm that was to pay, to the number of lxxvii net, and so brought them home to Haylesdon and put them in the pinfold, and so kept them still there from the said Saturday morning into Monday at iii at clock at afternoon.

"rent and farm"は地代、"distress"は現代でも使われる法律用語で、差し押さえ動産、"pinfold"は家畜を入れる囲いのこと。

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