2019/05/27

ヒュー・ウォルポールとカンタベリー

先日、カンタベリーと文学者に関して市民講座で話した後も、このテーマで気になることが幾つか残った。ひとつは、カンタベリーのキングズ・スクールで学んだ著名な文学者の中で、私がまったく知らなかったヒュー・ウォルポール(Hugh Walpole, 1884-1941)のこと。近所の市立図書館に彼の和訳作品集『銀の仮面』(倉阪鬼一郎、訳、国書刊行会、2001)があったので、借りてきて読んだ。
国書刊行会の「ミステリーの本棚」という叢書の一冊。謎解きとか、探偵や刑事が活躍するという類の話ではなく、日常生活のふとした出来事から生まれる恐怖とか不安を、巧みなシチュエーションを構築して、ドラマチックな物語にしてみせる、心理サスペンスとでも言えば良いだろうか。なかなか楽しめる。特に冒頭の表題作には引き込まれた。訳文も読みやすい。ウォルポールはカンタベリーで少年時代を過ごしたので、カンタベリーの街が作品の中にも出てこないかなと期待していたが、そのままの地名としてはカンタベリーは出てこなかった。ただし、「雪」と「小さな幽霊」という二つの短編はポルチェスターという大聖堂がある町を舞台としており、しかもその大聖堂には有名な「黒僧正の墓」があるらしい。カンタベリー大聖堂には14世紀の王子「黒太子」(Black Prince)の墓があるので、このポルチェスターのイメージの一部にはカンタベリーが投影されている可能性が大だろう。
この人の名字「ウォルポール」を聞くと、イギリスの最初の首相と言われるロバート・ウォルポール、その息子でゴシック小説の古典『オトラント城』を書いたホレス・ウォルポールを思い出すが、ウィキペディアの記述には、この名家との繋がりは言及されていない。そもそも彼はニュージーランド生まれ。しかし、父親のサマセット・ウォルポールはイングランドのノッティンガムシャーからの移民であり、後年にはまたブリテン島に戻って、エディンバラの司教にまでなった。
しかし、ヒュー・ウォルポールがホレス・ウォルポールと血縁だとすると、ゴシックの血筋が流れていたと言えるんだが・・・。巻末の、ミステリ批評家、千街晶之さんの解説には、ヒュー・ウォルポールは「ホレス・ウォルポール(英国初代首相ロバート・ウォルポールの子)の子孫だと言われている」(p. 263) と書かれているので、はっきりしたことは言えないが、それが定説なのかな。かなり古い出版だが伝記が2冊あるようなので、それらに当たってみるとより詳しく書いてあるのかも知れない。

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