2019/06/16

【新刊書】安藤聡『ファンタジーと英国文化—児童文学王国の名作をたどる』(彩流社、2019年5月発行)

大妻女子大学の安藤聡先生の新刊『ファンタジーと英国文化—児童文学王国の名作をたどる』(彩流社、本年5月発行)の一部を読んだ。彼は私の旧勤務校に長い間非常勤講師として来られていて、学校でよくお会いした。今も市民講座を定期的にやって下さっている。

私が読んだことのない作品が多く論じられているのだが、まずは序章の「なぜ英国はファンタジー王国なのか」を読んでみた。私の様な門外漢にはあまり縁のない本と思っていたのだが、大変参考になり、興味深く読めた。まず、短い紙幅で大変的確にイギリス児童文学の歴史、そしてその中で特にファンタジーの伝統がどう形成されていったかが実に的確に纏められている。初心者や一般読者にとって、格好の「イギリス・ファンタジー概説」と言えるだろう。特に、産業革命や都市化、イギリスに特有の階級や教育制度との関連、ナショナル・アイデンティティーとファンタジーとの関係など、中世英文学の学問史やmedievalismの発展とも重なることが大きくて、私にも非常に参考になった。

19世紀後半におけるファンタジーというジャンルの発生も、中世英文学研究も、近代の合理主義や産業革命以後の工業化された国の姿へのアンチテーゼという面があり、ブリテン島固有の文化を求めるナショナル・アイデンティティーの追及という面が色濃い。アーサー王伝説、あるいは『ベーオウルフ』などのアングロ・サクソン文学の研究はケルトとゲルマンの双方におけるイングランドのルーツを探求する動きでもある。そういう中世文学研究とその一般読者への広がりは、20世紀になって、ルイスやトールキンといった学者小説家の作品で一体化したとも言える。中世英文学の研究史やmedievalismの文学・文化の発展を考える上でも、参考になる序章だ。

この本の本論の部分は、児童文学の大作家や名作が個別に論じられている。私でもちょっとは分かるかな、と思って第7章の「ジェイン・オースティンと児童文学」を読んで見た。ファンタジーとは最も遠いところで創作をしているように見えるオースティンだが、C・S・ルイスとかJ・K・ローリングやその他かなりの数の児童文学作家に多大な影響を与えていると論じていて、興味深かった。

この本の第三部は、論文と言うにはややカジュアルな筆致の学術的なエッセイがまとめられていて、安藤先生がご自分で行かれたイギリスの町々の姿が児童文学にどう反映されているか、活き活きと描かれていて、楽しい。安藤先生はあちこちの地方を回られているだけでなく、そこにまつわる児童文学なども実に良く研究されていて、驚嘆する。本書を読んで、またオックスフォードなど行ってみたくなった。

それにしても、多くの論文やエッセイ、研究発表に加えて、これで安藤先生の研究書は4冊目!更に昨年は『英国文学概説ー原文で鑑賞するための道標』という教科書も出されているようだ。先生のご活躍には本当に驚嘆すると共に、それを生み出す努力と学識には頭が下がる。

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