2016/09/11

Kawai Project 公演 『間違いの喜劇』(2016.9.10、あうるずすぽっと)

『間違いの喜劇』
Kawai Project 公演
観劇日: 2016.9.10   14:00-16:00
劇場: あうるずすぽっと

演出: 河合祥一郎
原作: ウィリアム・シェイクスピア
美術: 平山正太郎
衣装: 月岡彩
照明: 富山貴之
音楽: 後藤浩明

出演:
高橋洋介 (アンティフォラス、兄と弟の二役)
梶原航  (ドローミオ、兄)
寺内淳志 (ドローミオ、弟)
原康義 (イジーオン、シラクサの老商人)
岩崎加根子 (エミリア、エフェソスの女子修道院長)
チョウヨンホ (エフェソスの公爵)
多田慶子 (エイドリアーナ)
沖田愛 (ルシアーナ)
中山真一(ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏)

☆☆☆ ☆/ 5

今日は東大のシェイクスピアの権威、河合祥一郎先生の主宰する劇団 Kawai Project の『間違いの喜劇』をマチネで見てきた。最近私は観劇から遠ざかっていて、この劇も行く予定は無かったのだが、行かれるはずだった知人が風邪を引いて熱を出し寝込んでしまい、急遽当日になってピンチヒッターで行くことになった。おかげさまで、良い上演でかなり楽しめた。その知人に大いに感謝したいが、早い快復を祈ります。

さて『間違いの喜劇』はシェイクスピアの初期の劇のひとつと考えられていて(1590年前後)、原作は古代ローマの喜劇作家のプラウトゥスの作品『メナイクムス兄弟』。古典劇の形式に則り、劇の時間と実際の時間が同時進行という形式を取っている点も興味深い。主人2人と彼らの召使い2人という二組の双子が、幼い頃に航海中の嵐で生き別れ、互いを知らぬままそれぞれエフェソスとシラクサという遠く離れた異国で育ち成人するが、ある時偶然にエフェソスで出くわす。しかし本人達も、周囲の人々も、更に偶然再会することになる彼らの両親(イジーオンとエミリア)さえ、お互いを知らない、ということから、見分けの付かない双子を取り違える人々が続出し、様々の「間違いの喜劇」が起こる、という案配。

シラクサはイタリア南部のシチリア島の古代都市、エフェソスは現トルコ共和国、小アジアの西にある古代都市。古代地中海文明と、大航海時代のヨーロッパが劇の中でぴったり重なる。都市の為政者たる公爵による謂わば即決裁判(summary justice)、修道院への避難(asylum)、商業、貿易、金融などのモチーフが顔を出すのも時代を映して興味深い。そして、嵐による離散と再会、死んだと思っていた人の再生、双子が原因のひと違い、嫉妬からの怒り、その他、考えて見ると、その後のシェイクスピアの名作の種が一杯に詰まった作品。

シェイクスピア学者らしい、奇をてらわぬ、大変オーソドックスな演出だった。スターのいない俳優陣、限られた費用を使っての衣装やセットなど、制限は多かったと思うが、シェイクスピアの楽しさ、奥深さを知り尽くした演出家と、ベテランの名演や懸命の若手に支えられ、シェイクスピア作品の中では凡作とも言える劇が充分楽しい上演に仕上がったと思う。双子故の人違いによって起こるドタバタ喜劇なんだから、結構笑いが欲しいところなんだが、何しろ観客が私みたいな、河合先生の高名に引かれてやってきた年配の英語教員なんかも多いと思うので、今ひとつ反応が悪いのは気の毒だった。若い人たち中心の観客だったら、もう少し盛り上がっただろう。

アンティフォラスの二役をこなした高橋洋介、なかなかの熱演。二人の人物を良く演じ分けていたが、惜しむらくは、ちょっとやり過ぎという印象。エフェソスのアンティフォラスのほうは、台詞からして、プライドが高く、家父長的で、いかにも町の有力者然とした押し出しというのは分かるが、台詞に凄みをつけるあまり、ヤクザの親分みたいに聞こえるときもあった。ドローミオのふたりは、双子を別々の俳優がやるので、主人達とは逆に、むしろ二人が同じように見えるよう腐心していたようだ。だとしたら、それは成功していたと思う。演技という点では、私には誰よりも印象的だったのは、最初に出て来たイジーオンのこれまでの家族離散の悲しみを述べる独白。文学座の原康義、圧倒的な説得力を持つ台詞回し。上手いの一言で、聞き惚れて、一気に劇に引きずり込まれた。あのモノローグがあるだけで、私にはもの凄く印象が違った。一言一言、はっきり分かるが、適度に緩急と強弱をつけ、台詞の意味を最大限に引き出していた。上手な新劇俳優の良いところを見せつけられた。一方で、対照的に、締めくくりのエミリアの台詞は、ゆっくりすぎる。勿体付けた感じで、俳優が名台詞に酔っているという印象を与えるような表現。最後の場面だけに大変残念。その他の俳優では、エイドリアーナを演じた多田慶子は大変上手だった。沖田愛は可愛い妹役にぴったりだし、チョウヨンホの公爵もその身分らしい雰囲気を出していた。

常にステージの左に座って、台詞に合わせた絶妙な演奏をするヴィオラ・ダ・ガンバ演奏の中山真一が、素晴らしい効果を上げていた。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの公演みたいだった。

全体を明るいベージュ系でまとめた色彩、キャスターのついたパネルを壁に使って自在に動かして見せたり、大小のドアをアクセントにしたりと、工夫の感じられるセットも良かった。

蜷川幸雄が2005年にこの劇を埼玉芸術劇場でやったようで、私も見た記憶がある。私がブログを書き始める前なのでメモもなく、細かい事はすっかり忘れてしまったが、オール・メール・シェイクスピア・シリーズの1本で、小栗旬がアンティフォラスを二役、高橋洋がドローミオの二役をこなしたようだ。私がはっきり覚えているのは、下がるズボンを何度も何度も引き上げながら台詞を言う高橋洋のドローミオの「くさい」演技。ああいった泥臭さが蜷川演出らしい、と思った。私は、ネクスト・シアターからのたたき上げの高橋に好感を持っていたので、その後、蜷川と軋轢があったのだろうか、彼の作品に全く出して貰えなくなったのは大変残念。でもテレビや映画の脇役で、俳優として仕事を続けているようだ。良い俳優さんなので、テレビだけでは勿体ない。小栗旬のアンティフォラスの記憶はないんだけど、どうだったんだろう。若いアイドルとしては、上手な人だとは思うけど、アイドルが出る舞台は、劇場がその俳優を見るために来ている若い女性達で一杯になり、シェイクスピアの劇だというので期待して来ている私にとっては、何故か劇場を満たす熱い期待感がかえって異化作用を産んで、えらく白けるんだなあ(というのはアイドル嫌いの私の愚痴)。でもそうした観客が集まってくださるおかげで、シェイクスピア作品の大きな上演が可能になるのだから、文句を言ってはいけない。ともあれ、今回の公演はそういう点でもじっくり見られて良かった。

2016/07/22

BBCのドラマ、”Rev.”と、ショアディッチの聖レナード教会

イギリスに居た頃とても楽しく見ていたコメディ・ドラマ、BBCの "Rev."、シリーズ1~3を英語版のDVDで購入して、見始めた。私の好きなイギリスがいっぱいで、たまらない。主役のトム・ホランダーが上手い!奥さん役のオリヴィア・コールマンが魅力的。そしてサイモン・マクバーニーをはじめとする芸達者な脇役陣が豪華で、素晴らしいアンサンブル。英語はアクセントが難しいので、英語字幕を一生懸命追いながら、何とか理解している(^_^)。問題だらけだけど人情あふれる下町のロンドンの多民族社会を、お人好しで寂しがり屋の教区司祭の日常を通して描いている。なお、”Rev.” は”Reverend”の省略で、聖職者の敬称。「・・・師」といった言葉。

BBCの”Rev.”のサイト。クリップは国外では見られません。

このDVDにはドラマ以外にも、俳優や演出家、脚本家へのインタビューなど付録のビデオが色々ついている。その付録のひとつで、ドラマのロケ地として使われている教会を、教区司祭が自ら紹介したクリップがあった。

この教会は、ロンドンの北東部、ショアディッチ(Shoredich)にある聖レナード教会(St. Leonard’s)。電車だと、地上を走るロンドン・オーヴァーグラウンドの Shoredich High Street 駅から北に少し歩いたところにあるようだ。ドラマの設定同様、イーストエンドの下町にある教会。アングロ・サクソン時代からおそらくここに教会があったであろうと推測されているが、ノルマン人によって壊されて新しい教会が建てられたらしい。それが12世紀。しかし、その後も改築を繰り返し、結局、18世紀に大きく破損したのを機に全く新しく建て替えられた。20世紀末にも老朽化が進み、1990年に大幅な改築がなされて今に至っているそうだ。ドラマで見ると、教区教会としてはかなり大きくて立派な建物で、素晴らしいパイプオルガンがある。

さて、何故わざわざこの教会の事を書くことにしたかというと、ここにイングランドのルネサンス演劇の中心人物のひとり、ジェイムズ・バーベッジ(James Burbage}とその息子リチャード(Richard Burbage)が埋葬されているから。前回のブログでも書いたように、そもそも、ショアディッチというのは最初の常設商業劇場、シアター座(The Theater)と、その後すぐ出来たカーテン座(The Curtain)の在った地区でもあり、バーベッジ一家ゆかりの地なのである。ビデオによると、お墓は教会の地下の墓所にあり、特別に開けてもらわないと見られないらしい。この地下の墓所は、戦時中は防空壕としても使用されたそうである。地下はどうかわからないが、予め問い合わせすれば、司祭さん(Revd. Paul Turp)が自ら教会の案内をしてくださるとのこと。

更に、ここに埋葬されている重要人物として、エリザベス朝の喜劇役者、リチャード・タールトン(Richard Tarleton)がいる。彼は当時ナンバー・ワンの人気役者と言っても良い人で、エリザベス女王のお気に入りだったそうであり、また、劇団、女王一座(Queen’s Men)の中心人物のひとりでもあった。才能豊かで、バラッドやパンフレットも執筆していて、現存してはいないが劇も書いている。

私も、ロンドンにまた行くことがあったら、訪れてみたい教会。教会のホームページ。メニューの”History”のところに教会の歴史が詳しく書いてあります。

2016/07/12

ルネサンス劇場、カーテン座の発掘

今年の前半が終わったが、この間、私が一番興奮したニュースは、多分カーテン座(The Curtain)の発掘だろう。この劇場は、シェイクスピアの活躍した時代にロンドンにあった屋根のない大型商業劇場(パブリック・プレイハウス)のひとつ。1577年にオープンし、1624年まで使われており、シェイクスピアの属していた宮内大臣一座も使っているので、シェイクスピア作品も多く上演されたと見られ、『ロミオとジュリエット』や『ヘンリー5世』などは明らかにカーテン座でも上演されたそうである。

この劇場はロンドンの旧市街から北東方向の郊外、ショアディッチにあった。ほとんどの他の劇場同様、城壁の外に建てられ、近くには、最初の演劇専用商業劇場であるシアター座(The Theater、1576-96年)もあった。カーテン座の場所は長らく分からなかったようだが、2012年の6月、ロンドン博物館の考古学部門(MOLA)によりその場所が確定され、それ以来発掘が続いていたようである。私も発掘に関して、このブログで以前にも触れている。
 
ルネサンス期ロンドンの劇場の場所、シアター座とカーテン座は地図の右上
(Wikipediaより)


発掘が続いているこの地域は、The Stage という名称の総合的な開発地域で、やがて高級アパート、ショッピング街、そして新しい劇場やカーテン座の展示場を含む商業地域となるらしい。

さて、今回の発掘でもっとも衝撃的だった新事実は、これまでカーテン座もグローブやローズ同様、円筒に近い多角形の劇場と推測されており、それを裏付ける当時の絵もあるのだが、発掘してみると、実は長方形であることが分かったのである。シェイクスピアの時代の劇場のうち、屋根がないタイプの大型野外劇場(「パブリック・プレイハウス」と呼ばれる)には次の様な施設がある。年号は開場した年:

シアター座 (The Theater 1576)多角形/円形
カーテン座 (The Curtain 1577)  長方形
ローズ座 (The Rose 1587 ) 多角形/円形(但、改築した後は長方形に近い)
白鳥座 (The Swan 1595 ) 多角形/円形
グローブ座 (The Globe 1599 ) 多角形/円形
フォーチュン座 (The Fortune 1600 ) 長方形
ホープ座 (The Hope 1614 ) 多角形/円形

これまでは、例外的にフォーチュン座が長方形で、その他は基本的に円筒に近い多角形の建物で、カーテン座もその1つだと思われてきた:
 
当時の絵にあるカーテン座(多角形状の建物)(Wikipediaより)


しかし、今回の発掘により、長方形タイプが複数在ったことが分かり、改築後のローズも入れると、3つとなる。イングランドのルネサンス劇場は、基本的に円形で張り出し舞台、という従来からのパターンでは考えられなくなったように思う。また、カーテン座は元々借家の連なりを劇場に改築した建物で、劇場としての使用を終えた後は、また借家にもどされたようだ。ガーディアンの記事を引用すると、’a conversion of an earlier tenement – essentially a block of flats – and was later converted back into a tenement again’ ということだ。考えようによっては、新しくゼロから建築された劇場は円筒形になり、そうでない建物は宿屋劇場(inn-theatres)を含め、長方形になると言う事だろうか。

発掘では、最高で1.5メートル位のレンガを積んだ劇場の壁が発見されており、また、立ち見の観客がいた平土間(pit)の部分は砂利が敷かれているとのこと。他の発掘物としては、陶磁器で出来ている、上演で使われたかも知れない笛の破片、骨で出来た櫛、鉛の代用コイン(飲み物の引換券かも知れないという)、そして財布の金具などがあるそうだ。

なお、カーテン座の「カーテン」は、現代の劇場で使われるようなカーテンから来ている名前ではなく、劇場のそばを通っていた通りの名前、カーテン通り(Curtain Road)に由来するそうだ。更に、この名前は、中世にあった修道院の外壁(これを ‘curtain wall’ と言う)から取られている。

詳しくは、ガーディアン紙の記事を参照。

2016/07/09

異端審問の時代ー15世紀のイギリスと今の日本

勉強しているうちに副産物として出て来た考えを以下に書いてみました。

チョーサーが、代表作『カンタベリー物語』の巡礼のひとりとして描く教区司祭は、聖書の教えに忠実な生き方をして、まるでキリストが中世のイギリスに蘇ったような清貧の、気高い聖職者。しかし「どうもあの人、時代遅れでついていけないね」、とまわりから思われているふしがある。バースから来た男好きの女房も、字も読めないはずだが、多分男達からの耳学問のおかげか、聖書の内容を良く知っている。彼女は、教会の禁欲的な教えに対して、聖書の知識を振りかざして「聖書のどこにそんなことが書いてあるの」と反発する。男達からは「聖書、聖書と、うるさい女だ」、と煙たがられていることだろう。この2人は、一方は超真面目人間で、他方は人生享楽型だが、意外と似ているところもあって、それは2人とも聖書に重きを置いている点と、世間、特に教会の主流派、が押しつける生き方に楯突いている点。だから、後世の学者からは、彼らは隠れたウィクリフ派(異端派)と解釈されることもある。

チョーサーが『カンタベリー物語』を書いた14世紀末頃は、こういう人物は、多少眉をひそめられることはあっても、特に官憲から咎められたりすることもなかっただろう。しかし15世紀になり、1401年に、教会と世俗権力が協力して異端を死刑にできる法律(De Heretico Comburendo)ができ、1408年にはアランデル大司教の教会令(Constitutions)という細かな異端禁令が発布されるに及び、あれよあれよと言う間に異端取り締まりが激化。かなりの人が逮捕、審問、そして処罰され、残酷な火あぶりの刑になる人もあった。同時に、正当派か異端派かがはっきりと色分けされ、ウィクリフ派でなくても、新しい信仰の形を模索したり、教会の改革を唱える者は異端というレッテルを貼られかねない危険な時代になる。高位聖職者や正統派の知識人と見なされていた人たちまで、異端の疑いをかけられる。例えば、セント・アサフやチチェスターの司教を歴任したレジナルド・ピコックは、多くの論文を発表した知識人でもあったが、ウィクリフ派を批判しつつも理性的な論理を強調し、教会権力への恭順を軽んじたことが異端の疑いを招いて解任された。同時代の人々にカルト的な人気を集めた女性神秘主義者マージェリー・ケンプは異端審問にかけられた。マージェリー・ケンプはバースの女房に血肉を与えたような人物であったから、バースの女房が15世紀に生きていたら、彼女も異端審問にかけられたかも知れない。また、ラテン語の出来ない庶民が聖書を直接理解できるようにしたいとラテン語の聖書を英語に訳すことは犯罪行為と見なされ、英訳聖書の所持は異端の確固たる証拠とされた。英訳聖書に限らず、英語の書物を所持しているだけで、疑いの目で見られることもあった。そのような弾圧が進む中、1413年、異端派の大物で、百年戦争の英雄でもあった騎士オールドカースルと配下の者たちによる反乱が勃発。この乱が厳しく鎮圧された後は、異端派(ウィクリフ派)は、天草の乱の後のキリシタンのように、ひたすら地下に潜行し、隠れて禁書である英訳聖書を学びつつ、細々と15世紀を生きのびることになる。文学でもチョーサーやガワー、ラングランドなどが排出した14世紀は、知的に大変ダイナミックな時代だった。しかし、異端派の弾圧と共に、15世紀の知識人は言動に気をつけ、当局の意向を伺いつつ生きることになった。

不勉強にて、この流れを今更ながら復習しているんだけど、私はつい、上の「聖書」を「憲法」に置き換えて考えてしまった。今この時、2016年の日本で、憲法を守りたい、憲法に沿って生きていたい、と思う人々が徐々に少数派で異端派と見なされるようになり、多数派とくっきり色分けされつつある気がする。学校で「平和教育」をする教師が咎められたり、自治体などが管理する公共施設に集まって戦争や平和について学ぶ集会を開こうとする人々が、会場使用を断られたりすることが報道されている。「平和」と戦後「憲法」が徐々に、学び守るべき正統から、排除すべき異端へと押しやられつつあるのではないだろうか。

中世イギリスのウィクリフ派の場合、14世紀末の王、リチャード2世の周辺には、程度の差こそあれ、かなりの数の賛同者や庇護者がいた。リチャード王の即位の頃、最も強力な権力者だった前王エドワードの息子、ジョン・オブ・ゴーントはウィクリフ個人を保護したし、リチャード王の側近には何人も「ロラード・ナイト」と呼ばれるウィクリフ派がいた。ウィクリフが教師をしていたオックスフォード大学には、ウィクリフに共感する知識人も多く、当初は教会権力に抵抗してウィクリフを庇った。ウィクリフ自身もロンドンなどの教区教会を使って説教をしたとされる。しかし、リチャードが失墜して、1399年に王位簒奪者ヘンリー・ボリングブルック(ヘンリー4世)に取って代わられた頃から時代の流れは速度を増し、情勢は一転する。大司教など教会指導者と世俗権力が手を結み、前述のような立法処置を経て、州長官や治安判事など世俗の権力も利用してウィクリフ派を探し出し、審問にかけ始める。

さて、今の日本だが、このあと20年、30年経ったときに、第2次大戦後に出来た平和憲法は、15世紀の英語訳聖書のように、異端の書と言われるようになるのだろうか。国民は国体の司祭たる自民党政府の教えだけを守り、許可無くしては、もう廃止され、禁書となってしまった「平和憲法」に触れられないかもしれない。その時には、教区司祭やバースの女房のような生き方や言動は許されるのだろうか。

2016/05/15

【講演】 片山幹生、杉山博昭先生のフランス中世劇とフィレンツェの聖史劇についての講演

西洋比較演劇研究会 5月14日(土)14時〜18時15分 成城大学

1. 片山幹生「中世フランス演劇とは何か?
  ― フランス演劇史における中世の位置づけとその可能性について」

2. 杉山博昭「聖史劇の宗教画、宗教画の聖史劇
  ― ルネサンス期イタリアの眼差しが媒介する照応関係」

西洋比較演劇研究会で中世演劇、聖史劇関連の発表というか、講演が2件あると聞いて、聴講してきた。片山先生については、「中世フランス演劇史のまとめ」というブログ形式の、極めて学問的な演劇史を書いておられて、以前から参考にさせていただいている。このブログでも以前取り上げた。杉山先生は、2月に早稲田大学で、「観客発信メディアWL」主催の講演をお聞きし、このブログでもその時の感想を書いた。従って、二人とも私にはある程度馴染みのあるお名前である。

さて、今回の公演は、最初の片山先生が古代ローマの末期以降、典礼劇の時代、13世紀の都市演劇、15-16世紀の聖史劇や世俗劇など、大変バラエティーに富むフランス演劇を概観する講演、そして杉山先生は、2月の講演で扱われたように、15世紀フィレンツェの美術作品と聖史劇の関係を主に話された。当日の様子を知ろうと検索エンジンなどで来られる方もいるかもしれないが、ここは個人的なブログなので、以下はバランスの取れたレポートと言うより私の私的感想であり、備忘録として、参考になった点、特に興味を引かれた点、そして残された疑問などをメモしておきたい。

片山幹生先生の講演だが、概説なのでここでは細かい内容紹介は省くとして、全体として感じたのは、現存するフランス中世演劇のテキストの多様さ、豊かさだ。英語の中世演劇のテキストというと聖史劇の4大サイクル、『エブリマン』や『堅忍の城』など、道徳劇が数本が主なもの。その他は、Digby写本の『マグダラのマリア』他のわずか2,3作の聖人劇、Brome写本の『アブラハムとイサク』などの幾つかの単独の劇、コベントリーやノリッジの聖史劇のサイクルの一部など、西欧の主要な言語に比べるとおそらくかなり少ない。フランス語では、その点、うんざりするほど長い、多数の聖史劇(ミステール)や道徳劇(モラリテ)をはじめ、阿呆劇(ソティ)、笑劇(ファルス)といったイングランドでは殆ど見られないジャンルの数多くの劇もある。私も若い頃、現存テキストの少ないイングランドの中世劇と比べて、フランスの中世劇研究者を大変羨ましく思ったくらいだ。しかし、現存作品の多さ故の苦労もあるだろう。テキスト研究も殆どされていない作品が多いようだし、ましてや、細かい上演記録の掘り起こしは、まだまだ先が長いという状況ではないかと推察する。長大な作品が幾つもあるとは知っていたが、シモン・グレバンという作家の『使徒行伝の聖史劇』など、6万2千行くらいだそうである。古仏語の長編叙事詩『ロランの歌』が約4千行、古英語の同じく長編叙事詩『ベーオウルフ』は3千行少し、と比べるともの凄い長さと分かる。残ったテキストの乏しいブリテン島の劇の場合、英米の多くの研究者達は上演にまつわる資料の発掘に力を注いできた。中世演劇の最初から、清教徒革命の始まる前、つまりシェイクスピア時代のロンドンも含めて、膨大な上演関連資料が、『英国初期演劇資料集』(The Records of Early English Drama, 略称REED)にまとめられつつある。大冊の本が既に30巻以上出版されており、更に順次インターネット上でも公開されつつある。フランスの上演資料も色々個別には出版されていると思うが、まだまだ写本のまま埋もれた資料が多いのではなかろうか。

片山先生は、ラテン語典礼劇についてもかなり触れて下さった。1960年代くらいまでは、典礼劇は英仏独語などの近代語劇を用意したものという進化論的な考えが強かったが、現在では、「演劇的な典礼」とも言える全く別のジャンルとして、14,15世紀まで生き延びたことを片山先生も確認されていた。典礼劇が終わっていく1つのきっかけは、1545年から63年まで繰り返し開催されたカトリック教会のトリエント公会議において、典礼のトロウプスを禁ずるという決定が成されたことがきっかけだとか。最盛期以降、典礼劇がどのような流れをたどったか、私も知らないので参考になったし、今後詳しく学ぶ必要があると思った。ちなみにこの講演以外の話だが、どこかで読んだが(記憶は定かでない)、戦国時代から安土桃山時代、日本にやって来た宣教師によって多くのラテン語の祈り(オラシォ)が伝えられたが、その中には演劇形式のものもあったとか。ラテン典礼劇が日本にも伝わっていたのだろうか。

ラテン語の典礼劇については、近代語劇と基本的にまったく別のジャンルの芸術であり、そもそも演劇的な形をした「典礼」の一種であるという考えに基本的に賛成ではあるが、私はその考え方が近年強くなりすぎているのでないかとも思う。例えばラテン語の劇でも、ボーヴェ大聖堂の『ダニエル劇』とか、『聖パウロの改宗』のような聖者劇、ベネディクトボイアルンの受難劇など、大規模で、「客」とは呼べないにしても、充分に「観衆」を意識し、また作品によってはおそらく地元の人々の上演への協力や参加も考えられる劇もあり、ラテン語にかなり近代語が混じって使われている場合もある。これらは、12世紀のフランス語劇の『アダム劇』と同様に、一般的なラテン典礼劇とは別に考える必要がありそうだ。つまり、やはり典礼劇とは別に、あるいはそれから発展して、教会を上演場所とし、儀式を越えた、観衆のための「見せる」演劇の発達があったというべきではないだろうか。但、それらが、14,15世紀の聖史劇や道徳劇の誕生に繋がったかというと、それはまったく別の問題だが。フランスの都市アラスで13世紀に、一気に高度な演劇文化が開花したように、その前に発展を準備する下地が乏しくても、条件が整えば高度な演劇が短期間で開花する場合があり、12世紀の西欧に幾つかそのような演劇の盛んな大聖堂のコミュニティーがあったのではないだろうか。アラスの演劇については、杉山先生は今回簡単に触れられただけだが、大変詳しいようなので、次の機会にはお話しを聞きたいものだ。発祥から、様々なジャンル、そして現代への影響まで、中世劇全般に関する片山先生の広範な知識がうかがえる講演だった。その点で、私の勉強をふり返ると、自分の興味あるテーマだけは細かく掘り下げていても、イギリス中世劇のその他の部分については知らない事だらけで、フランスと違って作品は少ないのに、ろくに読んでないものさえある。これまでついつい趣味的な勉強に終始してしまいがち。少なくとももっとこのジャンル全体への目配りもしなくては、と反省させられた。

最後に片山先生は、現代文学や演劇における中世劇の影響について、ガブリエレ・ダヌンツィオの『聖セバスチャンの殉教』、ポール・クローデルやダリオ・フォの作品にも少し触れられた。これらの作家作品については私は全く読んだこともなく無知であるが、そういう視点で研究することも出来るのか、と教えられた。それぞれの作家作品における中世劇の影響について、詳しい講演などあると良いな。

後半の杉山博昭先生による、15世紀フィレンツェの聖史劇の話は2月の講演と重なる部分が大分あったので、全体的な内容については、そちらもご覧下されば幸いです。

杉山先生の講演タイトルが示すように、フィレンツェの聖史劇は15世紀イタリア、ボッティチェリの同時代に栄え、「ルネサンス劇」の一部と言う事になる。聖史劇というと英仏独など、他の言語の文化では「中世劇」に分類されているが、当時のヨーロッパの先進国イタリアではルネサンス花盛りの時期である。この中世とルネサンス、あるいは近代初期の文化や文学における時代区分は難しく、かつ重要な問題で、現在も英米の学会でも盛んに議論がされているようだ。今回も公演後、聴衆からコメントが出されていた。

さて、2月の講演同様、杉山先生の講演の主旨は、ボッティチェリなどの当時のフィレンツェの画家達が、受胎告知やキリストの昇天などの絵画を描くにあたり、実際に目撃した聖史劇のイメージを部分的に使って絵を書いている事は明らかだという点。従って、上演がどうなされていたかも、こうした絵を参照することである程度分かる、ということだった。特に、描かれた天使の羽根に見られる舞台衣装の痕跡、天使の光輪がやはり舞台のコスチュームを映している形跡、舞台で使われた天球を表す大道具と絵画の天球の相似、そうした大道具についての当時書かれた記述や描かれた図、その他興味深い具体的な資料に満ちた発表だった。近代科学の発祥の地であるイタリアであるから、そうしたメカニカルな歯車を使った大道具や、特殊効果に使われた花火なども、今聞いても驚くレベルだったようで、聖堂の中で観客の度肝を抜くスペクタクルを繰り広げたシーンもあったらしい。歌舞伎の宙乗り同様に、教会の空間をロープを伝って天使が素早く移動したりというようなシーンも想定されるそうだ。

イングランドの中世劇と比べて面白いのは、フィレンツェでは比較的短い、聖書のエピソード1つ(受胎告知とか、キリストの昇天など)を取り上げた聖史劇が盛んだったこと。イングランドでは、天地創造から、旧約の物語、新約のイエスの誕生や伝道、受難、そして最後の審判など、キリスト教から見た人類の歴史全体を取り上げる所謂「サイクル劇」の形式が主である。フィレンツェにもサイクル形式の聖史劇もあったそうではあるが。イングランドでも、テキストの現存しない無数の宗教劇が上演されていたのは確実であり、全体としては、多くの短い宗教劇があったとは思う。

大変驚いたことして、イタリアでは聖史劇の脚本が、上演されなくなった後の16世紀に千の単位の部数で印刷されて、広く読まれたそうだ。多くの人々が、聖書の物語を分かりやすい「ドラマチックな」形で読む手段として、劇の台本を読んだわけである。当時のフィレンツェの識字率は40〜50パーセントあったと杉山先生はおっしゃっていたがこれもイングランドと比べ、驚異的高さ。但、男女別、また識字の内容(ラテン語かイタリア語かなど)には触れられなかった。恐らく成人男性の識字率で、ラテン語・イタリア語の区別なくいずれかの言語、ということだろうか? 脚本は写本としても残っているそうだし、杉山先生自身、写本に直接当たって研究されているようで、素晴らしい。この写本の性質とか使用用途についての詳しい説明はなかったが、これも聞いてみたいことだった。英語の写本の場合、一種の記録として市当局が保存用に作ったもの(ヨーク劇)、上演が行われなくなった16世紀に好古家が書物のコレクションとして筆写させたと考えられるもの(チェスター劇)、用途も実際の上演に基づいた写本かどうかも分からないもの(タウンリー劇、Nタウン劇)など、それぞれ、独特である。劇の写本のあり方は、単純に「読む」ために作られることはまずないので、考慮すべき点が多い。

フィレンツェでもイングランド同様、女性の役は若い男性(少年)が演じたそうである。この点は、日本も含め、多くの伝統演劇に共通する点。しかし、これは前回の講演の時も疑問が残った点だが、女性はどのような形、あるいは地域でもイタリア語の演劇から排除されていたのだろうか。例えば、世俗劇はどうなのだろう。近年、尼僧院における演劇(convent drama)の研究などもなされており、イタリアでもそういう場所では女性が演劇を行ったかも知れない。同じく女優の存在は、フランスではどうだったんだろう?

杉山先生の講演は、フィレンツェの聖史劇、それも美術と演劇の関係に的を絞ったものであったので、イタリアの聖史劇全体に関しては、例えば聖史劇の起源など、聞いてみたいことが沢山残った。しかし、これは私がご本人の著書やイタリア演劇史の概説書などでまず基本事項を勉強してから、直接質問すべき事だろう。

以上、今後も考えるために、個人的な感想や疑問を思いつくままメモしてみた。

この研究会は私は会員ではなく、今回インターネットのお知らせで知って聴講させていただいたのだが、それぞれ、講演時間も1時間半近く、更に質問時間もとても長くて、質問も多岐に渡り、大変な努力をして講演と質疑応答をやっていただいた。講師のお二人に深く感謝したい。勉強になった。

2016/05/06

“King Lear“ (NT Live) 『リア王』(ナショナル・シアター・ライブ)

観劇日:2016.5.3  15:15-18:15(休憩1回)
劇場:キネマ旬報シアター(柏駅前)

演出:Sam Mendes
セット:Anthony Ward
照明:Paul Pyant
音響:Paul Arditti
音楽:Paddy Cunian

出演:
Simon Russell Beale (Lear)
Kate Fleetwood (Goneril)
Anna Maxwell Martin (Regan)
Olivia Vinall (Cordelia)
Stephen Boxer (The Earl of Gloucester)
Stanley Townsend (The Earl of Kent)
Adrian Scarborough (Fool)
Tom Brooke (Edgar)
Sam Troughton (Edmund)
Paapa Essiedu (The Duke of Burgundy)

☆☆☆☆ / 5

ゴールデンウィークの真ん中の一日、我が家からはかなり遠い柏市にあるキネマ旬報シアターまで電車に乗って、サイモン・ラッセル・ビール主演、サム・メンデス演出の『リア王』を見に出かけた。ラッセル・ビールは映画やテレビなどでは主役をすることはなく、出ても本当に小さな脇役程度だが、イギリスの演劇ファンの間では絶大な人気を誇り、ナショナルやロイヤル・シェイクスピアに出る時は主役。次はRSCでプロスペローを演じると聞いた。彼の巧さは、シェイクスピアの台詞を韻文として謳いあげる能力の高さにあると思う。そういう意味で、古典的な役者だ。彼は音楽が大好きなようで、BBCのクラシック番組の司会をやったこともある。台詞をメロディアスに発音する力はそんなところから来ているのかも知れない。しかし、今回の公演では、専制的なリアの性格を強調するためか、力んだ台詞が多くて、彼の長所が目立たなかった印象。

休憩の後にサム・メンデスやラッセル・ビール、その他の専門家のインタビューがあって、そこでラッセル・ビールがリアの認知症のことを意識したと述べていた。また、専門家が、リアの狂気は、、認知症の中でも特にレビー小体認知症を思わせる点があると指摘していた。そう言われると、狂気と正気がまだらに現れる後半は、確かにリアは認知症に苦しんでいたのかも知れない。そういう目で見ると、そもそも自分の感情のコントロールが聞かなくなり、ゴネリルやリーガンから見ても常識をはずれた判断をしてしまう冒頭の部分から、リアは既に認知症の症状を持っていたと言えるだろう。そういうことを恐らく意識して演出された舞台かな。

全体としてオーソドックスで、特に奇抜な点はないと思うが、黒っぽいセットと衣装で統一された冒頭の宮廷のシーンは、儀式的で、独裁国家の雰囲気をかもし出していた。しかし、特にナチスとか、現代の強権的な国家などを連想させるわけではなく、権力に溺れた者の自滅を普遍的に描こうとしているようだ。身体的な狂気と、政治的独裁のおごりが重なり、リアは怒りの爆発の中で、当然の結果として自らを滅ぼし、人間らしさを失っていくというストーリーに見える。嵐のシーン以降も、そういう流れだから、なかなか老王の哀れさは感じられず、いよいよ最後、コーディリアとの再会の場面になって、やっと人生のはかなさを感じさせるリアになった。俳優サイモン・ラッセル・ビールがまだ若く、演技がエネルギッシュで、身体的な弱々しさを感じないという点も一因だろう。デレク・ジャコビやナイジェル・ホーソンの悲しみのリアとは対照的な、謂わば、怒りのリア。でも、最後になって、その狂った怒りから目覚めたときの哀れさは胸を打つ。

その怒りが最も端的、かつ効果的に現れるのが、ショッキングなフールの殺害の場面。リアの制御不能の狂気を上手く表現していた。

ケイト・フリートウッドの、冷たい面構えのゴネリル、人間くさい邪悪さに溢れたアンナ・マックスウェル・マーティンのリーガンの姉妹が印象的。これらの役は実に良い役で、どの俳優も目立つ。エイドリアン・スカーバラのフールは、あまりに普通すぎた。その他、脇役陣も安定した演技。主役の役作りについては、私の好みのリアとは言いがたいが、プロダクション全体としては大いに満足できた。

これはナショナル・シアターの一番大きな劇場、オリヴィエでの公演。NTライブで見ることの長所は、劇場ではなかなか分からない俳優の表情がよく見えること。しかし、欠点としては、オリヴィエの大きな舞台や劇場全体を包むスケールの大きさが消えてしまい、ドンマーのような小劇場とかウェストエンドの商業劇場の額縁舞台を見るのとあまり違った感じがしないこと。特に冒頭の宮殿のシーンは、儀式の感覚がかなり失われ、マイナスだったのではないか。また、これまでのNTライブでも感じたが、ボリュームが大きすぎる。耳鳴りがしそうなくらいの音で、台詞の味わいが消えかねない。普通の映画では圧倒的な音量で観客を包み込むことが多いが、演劇では観客は能動的に、耳を澄まして台詞に聞き入る。舞台を再現した映像では、普通の映画とは違った音量設定にすべきでは。

2016/04/28

"Skylight" NT Live(「スカイライト」ナショナル・シアター・ライブ)

観劇日:2016.4.27  18:45-21:30 (約20分のインターバル)
劇場:吉祥寺オデオン (録画場所はウエストエンドのウインダムズ劇場)

演出:Stephen Daldry
脚本:David Hare
デザイン:Bob Crowley

出演:
Bill Nighy (Tom Sergeant, an owner of restaurant chain)
Cary Mulligan (Kyra Hollis, a secondary school teacher)
Matthew Beard (Edward Sergeant, Tom’s son)

☆☆☆☆ / 5

先日の「夜中に犬に起こった奇妙な事件」を大いに楽しんだことに味をしめ、かつディヴィッド・ヘアーは私の大好きな劇作家でもあるので、「スカイライト」にも行ってきたが、期待通り、大満足。もともと、1995年にナショナル・シアターの小劇場、コッテスローで上演され、ウエスト・エンド、そしてブロードウェイにも進出した、実績ある作品だそうだ。今回の再演は2015年。1995年というと、ジョン・メージャー首相(在任:1990-97)の後半、サッチャー主義を引きずりながらも国家の方向が定まらず、次期政権を狙うことになる労働党の勢いが増している時代。20年を経ての再演だが、初演当時の社会や政治状況を強く反映したヘアーらしい作品であるにも関わらず、今回も良い劇評を得、観客にも好評だったようだ。俳優の演技やダルドリーの演出など、プロダクションの質の高さは重要な要因だが、95年のイギリス社会の問題意識が現在も未だに有効であることも一因だろうと思った。

(ストーリー)舞台は全て、中等学校の教師、キーラ・ホリスのうらぶれたワンルーム・アパートで展開する。彼女は貧しい地区にある公立学校の教師。生徒に唾を吐きかけられたり、給食係の女性が生徒に襲われたりと、何かと問題のある学校のようだが、やる気のある生徒のために時間外に補習をするなど理想に燃えて頑張っており、仕事に生きがいを感じている。ある日、彼女のアパートに、以前同居し、また社員としても雇われていた企業経営者トム・サージャントの息子エドワードがやって来る。彼女はサージャント家から突然居なくなったのだが、エドワードは彼女にかなりなついていた。エドワードは母アリスが病気で亡くなったこと、そして残された父トムが大変寂しがっていることをキーラに伝え、父に会いに行って欲しいと言う。その当時、トムとキーラは、アリスに隠れて愛人関係を続けていたのであった。しかし、キーラはエドワードの頼みを断る。エドワードが帰った後、たまたま、今度はトムがやってくる。トムはキーラの貧しい住居やつつましい生活の様子を見、ハードな仕事の事を聞き、彼の家に戻ってきて欲しいと思うが・・・。

と言う風にストーリーを書くと、3人の、そして今はもう亡くなっているアリスを含めると4人の家庭劇ということになる。ボブ・クローリーのセットはリアリティーに溢れ、如何にもロンドンの、ねずみやゴキブリが出そうな安アパート。しかし、実際のところ、不動産価格が企業や外国人資産家の投資の為に高騰しているロンドンでは、教師や看護婦など地味な公的サービスを担う人々は、あまり治安や環境の良くない地区のベッド・シット(bed-sit)と呼ばれる古いワンルーム・アパートにしか住めなくなっている。セットをみて、オズボーンの「怒りを込めてふり返れ」のセットみたいだな、と思ったのは私だけではないだろう。

トムはサッチャーやブレアが強調した起業家精神を体現する人物。なぜ大学をトップの成績で出て、かっては彼の下でビジネスでも才能を大いに発揮したキーラが、この薄汚い地区に住み、最低の給料なのにストレスばかり多い仕事で能力を浪費しているのか、どうしても理解出来ない。彼女がその気になれば、彼と暖かい家庭を作り、彼の下で立派なキャリアを再開することが出来るのに。一方、キーラは、子供達のために全力を傾ける今の仕事に大変大きな意義を感じており、また、サージャント家に居候していた時のバブルみたいな贅沢な生活とは違い、あまり豊かでない庶民の1人として、普通の暮らしをすることに意味を見いだしてもいる。トムも確かにそういうキーラの純粋さに、自分にはないものを見て魅力を感じたのだろうが、しかし今や遠くの世界に暮らして、手が届かなくなってしまった彼女を何とか説得し、2人で豊かな家庭を作ろうとする。キーラは、彼女の理想や暮らしぶりを本当には理解せず、自分から歩み寄ることのないトムとの間に、越えがたい隔たりを感じるのだった。

貧富の激しい格差、庶民がまともな住居に住めないような不動産価格、一部の富裕層の飛び抜けた豊かさ、等々、戯曲が書かれた20年前以上に、今の日本やイギリス、特に東京やロンドンにぴったり当てはまる作品だ。更に着目したのは、作者が、トムの性格に、家父長的な、女性を支配せずにはおれない気質をはっきりと書き込んでいる点だ。家庭においても、仕事でも、自分の下で、自分の計画と価値観に沿って働かせ、配偶者(あるいはパートナー)の人生を支配したいという、多くの悪気のない善良な男達の根本的な差別意識を、ヘアーは明確に浮き彫りにしている。トムはキーラを深く愛し、彼女を幸せにしたいと心から思っている。しかし、自分の価値観に沿った「家庭」という檻の中で暮らす人形であるかぎり、できる限りの幸福や豊かさを女性に保証はするが、それを越えた自立は絶対に認めたくないのが、トムに心底染みついた考え方だろう。やはり女は主人たる夫の所有物なのである。男が女性を大事に処遇し、女は力関係の不平等を受け入れるという、安定的な不平等関係に立って成り立つ幸福をトムはキーラに求める。だからこそ、相手に未練は残っていても、今つきあっている男は居なくても、息子とは大いに意気投合しても、キーラはトムの下へは帰れない。私にとっては、このジェンダーにまつわる問題意識が、この劇でもっとも面白い点だった。

良いことばかりで大きな問題点は何もない公演だが、やはりマリガンとナイという俳優の組み合わせは、ちょっと年齢の差がリアリティーを越えているような・・・。イギリス人女性としてはかなり「かわいい」タイプの顔をしたマリガンと、温厚で知的な老人の風貌を持つナイの愛人としての組み合わせはありそうにない。が、そう思うのは、私が日本人だからかもしれない。イギリスでは日本のようには年齢の差にこだわらないから、観客も違和感ないのかもしれない。また、ガツガツした起業家精神に溢れ、若い女性を愛人にしたトムを演じるには、ナイはどうも育ちの良いジェントルマンの雰囲気を崩し切れていない。おそらく初演のマイケル・ガンボンのほうがその点では良かったのではと想像する。また、ナイもマリガンも上品な雰囲気溢れる俳優なので、脚本における2人のどろどろした腐れ縁が、随分とクリーンなものに見えてはいないだろうか。男女の愛情というよりは、ベテラン経営者と彼の大事に育てた弟子のようでもある。でも、そういう二人で男女関係に陥る場合も結構あると思うし、私個人としては、これはこれでとても説得力があったので、問題なしではあるが。

しかし、ナイは上手い。台詞のタイミングが絶妙。ちょっと間を置いたり、イントネーションにひねりを入れて観客の笑いを誘う。生の劇場公演の録画だから、イギリス人観客の笑いが良く聞こえたが、我々にはそれ程台詞のニュアンスが分からず、あるいは分かっても実感できずに笑うところまで行かないのは残念だが。マリガンと、エドワード役のビアードも達者な演技だった。マリガンは、内面では色々と葛藤がありながら、表面は「涼しい」微笑を浮かべて相手との距離を感じさせるところが印象的。

私はヘアー作品では、イラク戦争の開戦に至る経緯を描く”Stuff Happens”(2004) と、リーマン・ショック以後の経済危機を舞台化した”Power of Yes”(2009) という、時代の全体像をつかもうとするスケールの大きな群像劇を見てきたが、今回は一部屋で繰り広げられる家庭劇で、彼の多彩な才能を実感した。21世紀の今にぴったりのキッチン・シンク・ドラマ。