『温室』(The Hothouse)
新国立劇場公演
観劇日: 2012.7.15 13:00-14:50 (no interval)
劇場: 新国立劇場小劇場(The Pit)
演出: 深津篤史
原作: ハロルド・ピンター (Harold Pinter)
美術: 池田ともゆき
衣装: 半田悦子
照明: 小笠原純
音響: 上田好生
出演:
ルート(所長):段田安則
ギブズ(専門職員):高橋一生
ラム(職員):橋本淳
ミス・カッツ(職員):小島聖
ラッシュ(職員):山中崇
タブ: 原金太郎
ロブ(前所長):半海一晃
☆☆☆☆/ 5
チラシやパンフレットにある紹介文から:
「病院と思われる国営収容施設。クリスマス。患者「6457号」が死に、「6459号」が出産したという、部下ギブスからの報告に、驚き怒る施設の最高責任者のルートは、秩序が何よりも重要だと主張し、妊娠させた犯人を捜し出せと命令するが、事態は奇妙な方向へと動き出していく・・・・。」
ハロルド・ピンター、有名な作家でありながら、私はDonmarで一度だけ見たのみ。それも"Moonlight"というそれ程有名ではない作品。"Homecoming"とか、"Birthday Party"という様な文学史の本に載るような作品は読んだことはあっても見ていない(中味は忘れた・・・)。それで今回これを見られたのは幸運だった。とは言ってもお金の無い私は、最近劇の切符は諦めているので、自分で買った切符ではない。この切符は妻が使うはずだったのであるが、彼女が急な日曜出勤で行けなくなり、私がピンチヒッターで譲り受けたのでした!ありがとう、と言うべきか、お気の毒、というべきか・・・。
パンフレットの大笹吉雄さんの解説によると、ピンターがこの劇を書き終えたのは1958年。但その時は彼自身、気に入らず、初演は1980年になってからとのことだ。オズボーンの『怒りを込めてふり返れ』が1956年。ウェスカーの『大麦入りのチキンスープ』が1958年。そういうイギリス演劇が地殻変動した時代に書かれた作品。また1956年にはハンガリー動乱が起こり、西欧知識人にとって、ソビエト連邦の非人間的な全体主義体制が明白になっていたはず。(一時代前の?)精神病院の恐ろしさも感じさせる。Ken Keseyの'One Flew Over the Cuckoo's Nest' (1962)とこの作品は直接関係は無いだろうが、思い出させた。しかし、私にはそうした作品以上に、オーウェルの『1984』(1949)と、カフカの『審判』を連想させた。
舞台は、小劇場の真ん中にステージを置き、両側から観客席で挟むようなデザイン。ステージは回り舞台となっていて、時にはゆっくりと、しかし時には急速に、常時回転し続けている。劇場中ほとんど黒一色で、ただ机、椅子、ソファーなどが真っ赤。印象的な舞台ではある。しかし、常時動き続ける舞台のおかげで台詞への集中を妨げられたという人もいるだろう。どういう意図なのか、私には分からない。但、回っている部分は、縁取りはないが円形なので、観客がぐるっと舞台を囲んではいないが、半ば円形劇場とも言える。黒と赤の2色にそぎ落とされた抽象的なステージと相まって、中世劇的な雰囲気が自然と浮き上がった。
イギリス演劇は、作者が意図するしないに関わらず、近現代演劇でも、中世の寓意的なモラリティー・プレイの世界を感じさせる作品が多い。前述の、ピンターの"Moonlight"もかなりそうだった。中世劇風に、ルートは暴君 (Tyrant)、ミス・カッツは色欲、ラッシュは道化、ギブスは廷臣、と、適当に当てはめられるかもしれない。もちろん、そう簡単にぴったりした寓意とか役割が当てはめられる訳はない。むしろ、寓意が良く分からず、キャラクターの意味がスライドしていき、はっきりしないところが、高度に中世的と言えるかも知れない。丁度、『農夫ビアズ』のように。
最初、所長のルートが物忘れがひどく、おかしな事を言う一方で、ギブスがしつこい程もっともらしく丁寧なので、これはてっきりルートが狂人で、ギブスは助手を演じてはいるが実はルートの主治医だろうと思ったが、その後の展開はそうでもなかった・・・・。なるほど!と思わせてくれるほど分かりやすい劇ではなかった。
ラムに与えられる電気ショック。当時の(そして今も?)精神医療の暗黒部分を表していて恐ろしい。『1984』もそうだし、『時計仕掛けのオレンジ』、『カッコーの巣の上で』など、戦後、60年代初めくらいまで、外科的な精神医療に関連した文学作品、かなりありそうだ。テネシー・ウィリアムズの姉もこうした治療で廃人同然にされたと言われている。
ただ、ルートは勿論だが、登場する誰もかれも矮小で、小人物で、自己中心的で、事なかれ主義のようではある。そうした小さな人々が集まると、保身や組織防衛(秩序優先)の為に、とんでもない冷酷な結果を生むような状況を作り上げる。今大変な事件になっている大津の虐めや恐喝による中学生の自殺とか、フクシマ原発に関する電力会社や日本の政界のこととか、この劇を見ながら思わずにいられなかった。今の日本は、かなり『1984』だ。この作品の中世劇的な面は、即ち、時空を超える点でもあり、従って、日本人としての私は今の日本の事がつい思い出されるのも自然なんだろう。
ピンターは、ウエストエンドの劇場にハロルド・ピンター劇場という名前の劇場まで出来、取っつきにくい内容にも関わらず、イギリスではかなり人気がある。抑えた表現の裏に潜む暴力と極度の緊張感、そしてそれらの合間に顔を出す絶妙のユーモアがイギリスのインテリを引きつけるようだ。ただ彼は一方ではっきりした左翼で、保守党政権やアメリカのイラク、アフガニスタン侵攻を繰り返し厳しく非難していて、ピンター作品の好きな人でも彼の政治的主張に賛成できない人は多かっただろう。今回見た『温室』は彼のそうした政治的な面がかなりはっきり感じられる作品だと思った。政治を抜きにしてピンターは理解出来ないんだろうね。
俳優さん達は皆上手で申し分ない。特に高橋一生のいやらしいギブズが強い印象を残した。出ている俳優さん達、こういう劇をやれて幸せだな。役者が自分で色々と考えないと演じられない劇だ。きっと俳優として成長するに違いない。段田さんは、今以上成長しようがないかもしれないけど(^_^)。
National Theatre でもIan Rickson演出で2007年に公演したらしい。その時の予告編が今でもYou-tubeで見られる。
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