2019/08/26

【観劇 ロンドン】"Hansard" (Lyttelton Theatre, National Theatre, 2019.8.22)

"Hansard" (Lyttelton Theatre, National Theatre)


National Theatre 公演
観劇日:2019.8.22 19:30-21:00(休憩なし)
劇場:Lyttelton Theatre, National Theatre

演出:Simon Godwin
脚本:Simon Woods
セット・デザイン、コスチューム:Hildegard Bechtler
照明:Jackie Shemaesh
音響:Christopher Shutt
音楽:Michael Bruce

出演:
Lindsay Duncan (Diana Hesketh)
Alex Jennings (Robin Hesketh)

私の好きな名優ふたりが登場するお芝居に大いに期待していた公演だったが、まったく台詞が分からず、何が起こっているのか大体の筋書きも分からないまま終わってしまった。イギリスでこれまで見た劇でも、これほど内容が分からないままだったのは始めて。とは言え、見たという事を思い出す為、自分の備忘録としてメモをしておく。私はもう10年近く前から、健康診断などで聴力が衰えつつあると診断されているのだが、元々英語のリスニング力の乏しさに加え、改めて聴力の衰えを痛切に感じた。

それで、見終わった後にテキストを買って読んでいるところなので、やっと内容が分かってきた。しかし、英語自体が、イギリス人にしか分からないような諷刺が沢山盛り込まれていて非常に難しく、聞き取れても分からない部分が多かっただろう。実際、辞書を引いたり、ネットで検索したりしないと理解出来ない表現や事項もかなりある。

上記のキャスト一覧のように、出演はアレックス・ジェニングスとリンゼイ・ダンカンのふたり。ジェニングスが演じるのはイングランドの中部、おそらくコッツウォルズ地方の一部を選挙区とする保守党の国会議員(MP)でサッチャー政権の大臣のひとり、ロビン・ヘスケス。ダンカン演ずるのは彼の妻、ダイアナ。プログラムによると、この劇の場面となっているのは、1988年5月28日土曜日のコッツウォルズにある彼らの自宅。英国政治においては、1979年から90年までがサッチャー政権なので、その末期ということになる。ロビンはウィークデイは国会議員としてロンドンや仕事先で過ごし、週末に自宅(本宅)のあるコッツウォルズに帰宅する。この朝も11時に帰宅し、荷物を置いて、自分でトーストを焼いたりコーヒーを入れたりして遅い朝食を食べつつ、妻のダイアナと話し始める。最初はお互いに軽い皮肉を言い合ったりしていたが、そのうち、政治や社会に関するふたりの人生観、社会観の根本的な違い、階級の違い、そして、今までは二人ともなるべく触れないようにしていたらしい、思春期に亡くなった息子のことが話題に上り、険悪な言い争いに発展する。

時代背景として、この1988年にイギリス議会は地方行政法のセクション28(Section 28, the Local Government Act 1988)を通したことは劇の理解に重要だ。この法律により、イギリスの公立学校では、ホモセクシュアリティを是認するような教育が禁止された。ダイアナは、保守党議員としてこの立法を推進したロビンを厳しく責める。

ロビンは代々上流階級で、政治家でありながら貧しい人々や人種やセクシュアリティーにおけるマイノリティーの人々に対してはまったく共感できず、票を入れる人数としてしか考えていない。そして、彼の選挙区は豊かな田園地帯であるコッツウォルズであり、極めて保守的な選挙民が多い地域だ。一方、ダイアナは中産階級の割合慎ましい家庭出身のようで、夫と比べるとリベラルな価値観を持っている。そもそもダイアナは結婚したときから階級の違いで夫の家族とは相いれず、よそ者扱いをされていた。週末だけ一緒に過ごす単身赴任の夫婦であり、しかもダイアナは夫の浮気を疑っている。国会議員としての体裁を繕うだけの夫婦のように見え、長年の気持ちのすれ違いが想像出来る。しかし二人の間に決定的な溝を作っているのは、息子の死だった・・・。

劇場で見ていた間は台詞はほとんど分からなかったけれども、それでも二人の俳優が創り出す緊張感がひしひしと伝わる公演だった。それだけに台詞が分からないのが何とももどかしい。しかし、都合でこれを見た日はプレビュー公演の初日。名優とは言え、特にアレックス・ジェニングは何度が台詞に詰まっていた。また、大きなリットルトン劇場での公演にしては、リンゼイ・ダンカンの声は小さすぎて、おそらくイギリス人でもかなり聞き取りにくいところがあったのではないだろうか。プリビュー期間が終わる頃にはもっと磨きがかかることだろう。

趣味の良い、簡素でありながら高級感ある家具調度を置いたセット。しかし、生活感が乏しいのがこの夫婦の有様を表していた。

テキストを読んでみると、イギリス社会における階級や多様性について多くの事を学べる大変興味深い劇だと分かった。

(注)この法律はStonewallなど、同性愛者の権利を守る運動をしている人々から大きな反発を受ける。2000年には労働党政権がSection 28の破棄を含む地方行政法の改定を議会に提案するが、保守党は賛否が分かれ、貴族院で廃案となった。この時の保守党の影の内閣の教育担当が後に首相になるテレザ・メイで、彼女はこの廃案を「常識の勝利」("A victory for common sense")と賞賛した。しかし、2003年には保守党も党議拘束を外して各議員の自由投票に任せることになり、Section 28の破棄が決まった。但、ケント州の地方議会だけは、Section 28に代わり、学校ではヘテロ・セクシュアリティーに基づく結婚と家族が社会の基礎である、という条例を通したが、この条例はようやく2010年の差別禁止法(Equality Act)により無効となる(ケント州の保守性の分かるエピソードだ)。2009年には当時の保守党党首デヴィッド・キャメロンが、この法律によりゲイの人々を傷つけたことに対し謝罪した。(以上、ウィキペディアの記事を参考にした)。

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