2019/08/18

【観劇 ロンドン】"Peter Gynt" (Oliver Theatre, National Theatre, 2019.8.17)

"Peter Gynt" (Oliver Theatre, National Theatre)

National Theatre 公演
観劇日:2019.8.17 13:00-16:20
劇場:Oliver Theatre

演出:Jonathan Kent
脚本:David Hare
原作:Henrik Ibsen
デザイン:Richard Hudson
照明:Mark Henderson
音響:Kevin Amos
衣装:Cara Newman

出演:
James McArdle (Peter Gynt)
Ann Louise Ross (Agatha, Peter's mother)
Guy Henry (Ballon / The Weird Passenger)
Oliver Ford Davies (The Button Moulder)
Jonathan Coy (The king of trolls / Begriffenfeldt)
Anya Chalotra (Sabine, Peter's girl friend)

☆☆☆☆ / 5

数日前にロンドンにやって来たが、それでなくてもいつも体調の悪い私は、旅の疲れと時差でずっと具合が悪く宿舎でほとんど寝ていた。今回は観劇の予定も少ないが、17日にやっと観劇に出かけた。

さて、"Peter Gynt"と名前だけ英語化しているが、イプセンの『ペール・ギュント』を現代のイギリスに置き換えたデヴィッド・ヘアのアダプテーション。但、話の筋は原作を忠実に追っているらしい。ウィキペディア日本語版に非常に簡単な粗筋あり。英語版を見ると大変詳しい粗筋。但、台詞は勿論、出来事の背景などヘアがかなり変更している部分もあるようだ。

主人公のピーターはスコットランド人の男性になっていて、演じているジェイムズ・マカードルもスコットランド生まれの俳優。ディヴィッド・テナントが素で話しているような感じ。というわけで、彼や彼のお母さんのアガサの台詞はとっても難しくてさっぱり理解不能。でもとてもカラフルでファンタジックなセット・デザインで、舞台を眺めているだけで楽しめる。

私にとって特に興味深かったのは、この劇の中世劇的な性格が大変はっきりと浮き彫りになっていた点。主人公のピーターと彼を取り巻く様々の世俗的な誘惑は、ヘアの手によって、現代社会の物質的な欲望への諷刺になっている。特にゴルフ・コース場面はトランプを思いださざるを得ない。しかし、そうした欲望を体現する様々な人物はカリカチュアになっており、寓意的。つまり、ピーターという「万人」の寓意と、彼に次から次に近づいては去って行く欲望の寓意を描く道徳劇、という枠組が際立つ。彼を誘う悪徳の中には、ガイ・ヘンリー演じる悪魔らしき人物もいる。そして人生の終わりに近づくと、彼の死を予告するボタン職人(The Button Moulder)が現れて、彼に彼岸への旅立ちの覚悟を迫る。これは正に神の使者である「死」(Death)の寓意か(演じるのは、ベテランのオリヴァー・フォード・ディヴィス)。死期を迎えるピーターは彼の人生の証人を求められるが、欲望や野心、浮薄な暮らしで時間を浪費してきた彼には死の旅路へと送り出してくれる友人はいなかった。しかし、そこに彼を待ち続けていた若い頃の許嫁のサビーネが現れて、彼を慰める。最後の時まで彼に付き添って元気づけるサビーネの姿は、道徳劇で言うと女性の役である「慈悲」(Lady Mercy)だろうか(但、中世において女性の役を演じたのは男性)。

イプセンはノルウェーの民話から大分題材を取ったそうなので、原作ではフォークロア的な感じがあるのだが、今回のモダンなアダプテーションでは現代の道徳劇になっていて、デイヴィッド・ヘアらしい作品だ。前半で出てくるトロール(妖精)の結婚式の場面は、『不思議の国のアリス』みたいで特に見栄えが良くて、楽しいシーン。トロールの王様を演じるジョナサン・コイがピリッと印象的。

『マンカインド』などと同様、随所にユーモラスなキャラクターが散りばめられているので大いに笑えそうなんだが、英語があまり分からない悲しさよ!しかし3時間半くらいの長丁場にもかかわらず、ほとんど退屈しなかった。

ジェイムズ・マカードルは出ずっぱりだが声も枯れず、良く動き、説得力もあって見応えある俳優だ。ガイ・ヘンリーやオリヴァー・フォード・ディヴィスが要所を締めているし、その他の俳優も素晴らしい。ナショナル・シアターの俳優達のクオリティーの高さを堪能した。

自分自身も年齢を重ねて身体も弱ってきて、平和ではあったがほとんど何の成果も残さなかった我が人生をふり返る昨今なので、この劇は可笑しいところは多くても、かなり切実に胸に迫った。

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