2010/11/27

"Men Should Cry" (National Theatre, 2010.11.23)

大恐慌期のグラスゴーの庶民の暮らしを描く傑作
"Men Should Weep"



National Theatre公演
観劇日:2010.11.23 14:15-17:00
劇場:Lyttelton, National Theatre

演出:Josie Rourke
脚本:Ena Lamont Stewart
セット:Bunny Christie
照明:James Farncombe
音響:Emma Laxton
音楽:Michael Bruce
方言指導:Carol Ann Crawford

出演:
Morrison family:
Sharon Small (Maggie Morrison)
Robert Cavanah (John Small, Sharon's husband)
Anne Downie (Granny Morrison, John's mother)
Pierce Reid (Alec Morrison, Sharon & John's son)
Sarah MacRae (Jenny Morrison, Sharon & John's daughter)
Morven Christie (Isa Morrison, Alec's wife)
Conor Mannion (Ernest Morrison,  Sharon & John's son)
Jayne McKenna (Lily Gibb, Maggie's siser)
Thérèse Bradley (Lizzie, John's sister)

Neighbours:
Karen Bunbar (Mrs Harris)
Lindy Whiteford (Mrs Wilson)
Isabelle Joss (Mrs Bone)

☆☆☆☆☆ / 5

1930年代のスコットランドの工業都市グラスゴーの労働者家庭の非常に貧しげな賃貸アパート(tenement)を舞台にしている。戦後すぐの日本で4畳半や6畳の下駄履きアパートに家族4人が住んでいた時代、小津の『東京物語』の世界を思い出させる。それでなくとも暗く寒いスコットランドの、多分レンガで作ったアパートであるから、寒く湿っていて、住環境として健康には大変悪い。隣の人のやっていることは筒抜け。上階に住む男性が酒を飲んで妻に暴力をふるう時の物音が聞こえたりする。しかし、もめ事もあるが、近所の人々と気取りのない暖かい助け合いもある。

Morrison家は大変貧しく、主人のJohnは失業状態で毎日職探しをし、日雇い仕事があれば出かける、という生活。やがて妻のMaggieが掃除婦(らしい?)などをし、わずかだが収入を得るようになる。子供は自宅に5人。更に独立し、結婚していた長男のAlecが、自分達が住む借家が壊れて行き場を失い、妻のIsaと共に転がり込んでくる。Isaは金持ちの男が見つかれば直ぐにでもAlecを捨てて乗り換えようとしており、Alecは嫉妬で半狂乱になり、度々暴力をふるいそうになるが、その一方で子供のように気が弱い。幼い息子のBertieは病で長く寝込んでいるが、病院に連れて行くと結核と診断されて入院。病状が持ち直しても、寒く湿った自宅に戻れば、また悪化するのは目に見えている。年頃の娘Jennyは華やかでお洒落なIsaに影響されて、惨めな両親との暮らしに我慢できなくなりつつある。Johnの母親は高齢で、身体が自由にならず、Johnのアパートと、彼の姉妹のLizzieの家をたらい回しされている。仕事が見つからず、一家の主人としての体面を保てずに自信喪失するJohn、家計の苦しさや子供の反抗、Bertieの病気に悩む妻のMaggie。更に、Maggieは仕事の見つからない夫に代わって外で働いても、家族は我が儘ばかり言って、彼女に頼りこそすれ、助けても同情してくれもしない。疲れ切って帰宅すれば、部屋は朝食を食べた後の汚れた食卓のまま片づいてもいない状態。都市の話ではあるが、アイルランドの寒村を舞台に貧困のどん底に沈む姉妹の家庭を描いたBrian Frielの"Dancing at the Lughnasa"を思い出した。しかし、Frielの作品同様、この劇はただ陰鬱な、資本主義社会の残酷さを告発する左翼的な劇ではない。庶民、特の女性達の生命力の強さ、家族や隣人が助けあい、共にしぶとく生き残って人生を楽しみたいという意欲を描き、観客に生きることの素晴らしさを生き生きと伝える。悲惨な生活の中に、ユーモアや人情の温かさが散りばめられて、スコットランドの暗い冬の暖かいかがり火のような輝きを放つ。女性作家が書いたためだろうか、とりわけ女性達の描き方が秀逸。小さな子供も、若い娘達も、Maggieをはじめ中年の「おばさん」も、口うるさくてお節介な「オールドミス」の叔母さんのLilyも、歳取ってボケかけたおばあちゃんも、皆血の通った魅力的なキャラクターだ。

ただし30年代のスコットランドで、しかもあまり教育を受けていないワーキング・クラスの人々の会話であるから、大変英語が難しい。私は、観劇前に脚本を半分程度読んでおいたが台詞は3割くらいしか聞き取れない。しかし込み入ったプロットの劇ではないので、何が起こっているかは大体分かった。

こういう劇は、貧しいアパートの雰囲気をセットで如何に出すかが大変重要だが、さすがにNational Theatreは費用もかなりかけられるだろうし、セット・デザインのBunny Christie (最近では"White Guard"や"Our Class"、"Women of Troy"など担当)はじめ、スタッフの技術も素晴らしい。俳優も皆文句なしだった。ただし、如何に上手に演じても、皆ドラマスクールなどで勉強したインテリだから、顔つきが上品でワーキング・クラスに見えないのは致し方ないか・・・。何人も出てくる子役達が実に可愛くて、劇に優しさを与え、その魅力を増していた。

現代のイギリス人劇作家が、カウンシル・ハウジング(低所得者向け公営住宅)に住む失業者家庭を描いたとしてもこれに似た劇になるかも知れないと思うほど、古さを感じさせない。しかし、よく考えてみると、この劇が書かれたのはJohn Osborneが"Look Back in Anger" (1956)を発表する10年近く前であり、ロンドンの演劇シーンでは、カワードなどのdrawing room comedyがまだ全盛の時代であるから、Stewartが如何に時代を先取りしていたかを感じる。しかも、"Look Back in Anger"は女性嫌悪の臭いを感じる人もあるが、この劇は、家族を、女性や子供を取り巻く状況から描いていて、大変人間味のある作品。そこかしこに見られるユーモアとともに、Brian Frielの傑作を想起させる。

作者のEna Lamont Stewart (1910-2006) はこの戯曲だけでしか知られてないらしいが、これ一本だけでも、スコットランド演劇史上、重要な傑作として残っていくのは間違いないと確信する。☆が5つというのは、私の好きなタイプの作品であることも影響しているが、誰が見ても素晴らしい傑作と思えるだろう。 もともと1947年にGlasgow Unity Theatreの為に書かれ、上演された。大変好評で、エジンバラ、そしてロンドンの劇場にトランスファーされる。しかし、その後、作者が女性であったために差別されたのか、スコットランドの演劇エスタブリッシュメントに完全に黙殺された。Stewartは作品の発表の道を閉ざされ、また、この劇も、イギリスの演劇シーンから35年間もの長い年月、完全に忘れ去られる。1982年、彼女が72歳の時になってグラスゴーで再演され、やっと彼女の真価が認められたようである。

脚本を読むだけでもかなり面白いので、演劇好きで、英語の読める方にはお勧めししたい。出版社はSamuel French。但、英語は、スコットランド英語のphonetic spellingであるので、かなり手こずる。例えばこういう感じ(以下は息子のEdieにシラミ(1行目のthem)がいるかどうかという話):

Edie: Mary Harris has got them, so she has. Teacher says so.

Maggie: Mary Harris! And her up this very close! Jist wait till I get the haud of that lazy mother o hers, I'll gie her a piece o my mind. Listen you tae me, Edie, there's tae be nae mair playin wi Mary Harris till she's got her heid cleaned. We've no very much this side o repectability, but there's aye soap and water.

Lily: Tae look at her, ye wouldna think it.

Edie: I wis playing in the back coort.

Maggie: Nae back-chat. Get oot the soap and flannel and dae yer neck in case the teacher taks it in tae her impident heid tae look the morn.

以上、綴りの打ち間違いをしないように気をつけました。写真はMaggie (Sharon Small)とJohn (Robert Cavanah)。


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