2010/11/11

"Saturn Returns" (Finborough Theatre, 2010.11.10)

一人の男性を三つの年代で描く
"Saturn Returns"

Treasuretrove Productions in association with Neil McPherson
for Finborough Theatre




観劇日:2010.11.10 19:30-21:00 (no interval)
劇場:Finborough Theatre (Earl's Court, London)

演出:Adam Lenson
脚本:Noah Haidle
セット、コスチューム・デザイン:Bec Chippendale
照明:Chris Withers
音響:Sean Ephgrave
作曲:Richard Bates

出演:
Lisa Caruccio Came (Suzanne / Zephyr / Loretta)
Richard Evans (Gustin Novak at age 88)
Nicholas Gecks (Gustin Novak at age 58)
Christopher Harper (Gustin Novak at age 28)

☆☆☆ / 5

作者のNoah Haidleはアメリカの新進劇作家。リンカーン・センターなどで劇を発表して、好評を博しており、今後が大変期待されている人らしいし、この劇でもその才能がうかがえる。この劇を見た限りでは、若い劇作家には珍しく、個人の内面や家庭の問題を描く、クラシックな雰囲気を持つ台詞劇の作風。

劇場のホームページによると、"Saturn Returns"という題名は、土星は30年毎に、ある人が生まれた時にあった宇宙の同じ位置に戻ってくるという事に由来している。そして、この30年毎の土星の回帰と共に、大きな変化がその人に訪れるそうである。勿論これらは近代天文学によるのではなく、占星術の考え。

この劇は、主人公でレントゲン技師のGustin Novakの88歳の現在の彼に始まり、30年前の、所謂熟年、いや初老(と言うべきか)の彼と娘、そして、愛する妻との結婚生活を楽しんでいる60年前の彼の姿へとさかのぼって進行する。更に、30年前の彼の回想シーンには、今の彼自身が出て来てコメントをする。60年前のシーンでは、老人の彼に加え、更に58歳の彼も出て来て、3つの年代のGustin Novakが対話するという形式を取る。なかなか興味深い工夫であり、それだけでも一見の価値がある劇だ。Novakの3つの年代を、それぞれ別の男優が描くのに対し、彼の妻、娘、そして88歳の彼を往診に来た看護婦の3人は、Lida Caruccio Cameが一人三役をこなす。これは、母と娘は似ており、また、看護婦もNovakから見ると、娘に似ていた、という設定の為でもある。Novakにとっては、妻と娘が彼の人生の全てであり、物語は死の近づいたNovakにとっての二人の女性への愛惜の情を描いたものである。

劇はNovakの家に看護婦のSuzanneがやって来て、血圧などを測って問診しているところから始まる。Novakはお金を払ってわざわざ彼女を呼んだのだが、実はどこも悪いところはない。彼は非常に孤独な暮らしをしており、誰とも一言も口をきかない毎日を過ごしていた。やってきた看護婦のSuzanneに娘の面影を見た彼は彼女に大変親しみを覚え、またSuzanneも彼の孤独な暮らしに同情して聞き役に回り、彼は色々と身の上話を始める。そうして、30年前の彼、60年前の自分へとさかのぼっていくことになる・・・。

現在の年老いた彼の部分がとてもユーモラスで、笑いに包まれながらも同情や共感を誘う。彼は、これまでにも、誰かと話すためにどこも壊れてないのに配管工を呼んだりしているくらいだった。しかし、一方で自分の孤独な生活習慣に閉じこもり、勿論老人ホームなどには入る気は毛頭無く、趣味のサークルなどの集まりにも絶対に出たがらない。どこの国にでも良くいるタイプの頑固で柔軟性のない老人男性である。その傾向は既に58歳の時の彼にもあって、まるで依存心の強い子供のように一人娘にくっついて離れない。Haidleは若いにも関わらず、こうした年取った男性の描き方が特に秀逸だ。一方、それに比べると28歳の時のNovakはそれ程精彩がない。

俳優は皆上手で、特に88歳のNovakを台詞に込められたユーモアを生かして演じたRichard Evansと、3役を巧みにこなしたLisa Caruccio Cameが強い印象を残した。しかし、フリンジのプロダクションなので、やはり衣装やセットなどが安手で、雰囲気が上手く表現出来ていないし、時代の違いを示す工夫がないことが気になった。またHaidleの台詞は大変テンポの良い、しばしばユーモラスなダイアローグ中心だが、観客に向けてじっくり聞かせるようなところが少なくて、例えばAlmeidaなどで上演される同種のミドルクラス家庭の心理劇と比べるとやや深みに欠け、なかなか感動を呼ぶところまでには至らなかった。

とは言え、90分の短い劇ながら、かなり充実した佳作だった。Novakの老年は、娘や妻にくっついて、日常生活も心理的にもすっかり依存している日本人男性の多くにもあてはまりそうであり、私も笑ってばかりはいられない気持ちになった。


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