2015/04/14

【イギリス映画】『あなたを抱きしめる日まで』 (Philomena)

『あなたを抱きしめる日まで』 (Philomena) 
  2013年イギリス映画(日本公開、2014年)

監督:スティーブン・フリアーズ
脚本:スティーブ・クーガン、ジェフ・ホープ
原作:マーティン・シックススミス

出演:
フィロミナ・リー:ジュディ・デンチ
マーティン・シックススミス:スティーヴ・クーガン
若い頃のフィロミナ :ソフィ・ケネディ・クラーク
メアリー :メア・ウィニンガム
シスター・ヒルデガード :バーバラ・ジェフォード
マザー・バーバラ :ルース・マッケイブ
ピート・オルソン :ピーター・ハーマン
マイケル(フィロミナの息子) :ショーン・マーホン
ジェーン(フィロミナの娘) :アンナ・マックスウェル・マーティン

☆☆☆☆ / 5

昨年の日本公開時、結構話題になったと思う。私は先日WOWOWで放送されて、見た。主役のフィロミナを演じるジュディ・デンチとマーティン・シックススミスのスティーブ・クーガンが素晴らしい。

BBCのジャーナリスト、労働党政権のメディア担当官(所謂”spin doctor”)、そして作家で現代ロシア史の専門家という多彩な才能と経歴を持つマーティン・シックススミスが書いた原作を基にしており、実話である。主人公のフィロミナはイングランドに住む老人の女性だが、アイルランドの出身。セックスや避妊の知識も全く教えられない時代、十代で祭りで出会った若者とセックスして妊娠し、女子修道院に預けられて出産した。カトリックの戒律がアイルランド社会の隅々を支配していた頃、修道院の中は「罪」を犯した未婚の若い母親たちにとっては事実上の監獄だった。自分の赤ん坊には1日に1時間しか面会が許されず、あとは週7日間、強制労働の日々を過ごす。更に、知らない間に彼女たちの子供は大金を払ったアメリカ人の養父母に売り飛ばされてしまっていた。こうしてフィロメナの息子、マイケル、もアメリカに送られた。その後、大人になったフィロメナは息子の行く方を探し続ける。勿論かって収容されていた修道院にも足を運ぶが、門前払いを食う。

労働党政府のメディア担当官としての職をスキャンダルで失って困っていたジャーナリストのマーティン・シックススミスは、たまたまパーティでフィロメナの娘と知り合い、彼女の運命に興味を持つ。彼は新聞社と話をつけて、フィロメナの息子捜しを手伝う代わりに、それを記事にさせて貰うことにした。こうして、オックスフォード大学出身のエリート・ジャーナリストと、敬虔なカトリック教徒で、ワーキング・クラスの素朴な老女との、失われた息子を捜す旅が始まる。二人は、まずアイルランドの修道院へ行くが、以前フィロメナがひとりで行った時同様に何も教えてもらえず、直接、アメリカに息子マイケルを捜しに行くことになった・・・。

失われた子供を捜す旅ということで、いささかセンチメンタルな作品かな、と思い、あまり期待せずに見たが、完全にそんな予想をくつがえされた。勿論、全体としては大変感動的な作品だ。しかし、センチメンタルには陥っていない。主役の2人のキャラクターと監督の描き方が、物語をあまりシリアスにし過ぎず、適度の距離感が生まれている。デンチ演ずるフィロメナが実に愉快。素朴で何事にもナイーブに驚く。アメリカで泊まったホテルの立派さ、部屋に色々とお菓子が供えてあったり、バスローブが2枚あったり、朝食のメニューが豪華だったりするのにいちいちびっくりして、シックススミスに報告する。その一方で、しっかりした世間知を備えていて、色々と変わっていく状況に対し、柔軟で的確な判断をし、理性を失わない。カトリック教会に裏切られても、彼女の神への信仰は揺るがず、ホテルの従業員のような行きずりの人々にも、そして例え自分を騙したり虐待した人々に対しても、他人には礼儀正しく、優しい。スティーブ・クーガン演ずるマーティン・シックススミスは、この時丁度自分としては極めて不本意に職を失っており、屈折した感情を持ちつつ、際物的なジャーナリズムのネタとしてこの取材を始めた。無神論者のインテレクチュアルである彼は、フィロメナのナイーブさをおもしろがりもするが、苛々する時もある。しかし、徐々に彼女の誠実さ、息子への愛の深さに引き込まれ、また修道院の不誠実さに怒って、当面の日銭稼ぎの仕事を越えて、フィロメナの息子捜しに精力を傾注するようになる。ナイーブなワーキング・クラスのおかみさんと、世間を斜から眺めるジャーナリストの珍道中ー2人のちょっとずれた会話がしばしば漫才コンビのように響いて愉快だ。演劇では特に重要なんだが、この映画でも、台詞の「間の取り方」が絶妙だ。

ジュディ・デンチの演技力がいつもながら凄い。彼女は「普通」の大スターと違い、デンチというスターの幻影をを観客に押しつけない。しかし、それでいてどこまでもジュディ・デンチであり、計算して作り上げたものでなく、自分の内面から出てくる演技であると印象づける。それとも、これも彼女の技術であり計算か・・・。スティーブ・クーガンという俳優は、コメディアンとしても活躍している人のようだ。シニカルで屈折した表情が上手く出ていて、なかなかクレバーな役者と感じた。

児童や若者の虐待など、カトリック教会が犯してきた罪は数多いことはしばしば報道されてきた。21世紀になって、やっと本格的な反省と謝罪が始まっているようだ。最後に登場する老いた修道女が口にする「罪」という言葉を聞いて、教会の罪深さを強く感じさせられた。

(追記)以上を書いてから思い出したが、 中世のカトリック教会が行っていた、道徳や信仰に関わる問題を裁く宗教裁判においては、禁固刑を科された者の多くは、少なくともイングランドでは、修道院に閉じ込められることがほとんどだったようだ。20世紀まで延々とその伝統が続いていたとも言える。

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