2015/04/24

【イギリス映画】『パレードへようこそ』 (Pride)  2014年制作

『パレードへようこそ』 (Pride)  2014年イギリス映画、2015年日本公開

鑑賞した日:2015.4.23
映画館:シネスイッチ銀座

監督:マシュー・ウォーチャス
脚本:スティーブン・ベレスフォード
音楽:クリストファー・ナイティンゲール
撮影:タト・ラドクリフ
美術:サイモン・ボウルズ

出演:
炭鉱町ディライス(ウェールズ)の人々:

ビル・ナイ (クリフ)
イメルダ・スタントン (へフィーナ)
パディ・コンシダイン (ダイ)
ジェシカ・ガニング (シアン)
モニカ・ドラン (マリオン)
リズ・ホワイト (マーガレット)
リザ・ポールフリー (モーリーン)
メンナ・トラッスラー (グウェン)

ロンドンのゲイ・レズビアン・コミュニティーの人々:

ジョージ・マッケイ (ジョー)
アンドリュー・スコット (ゲシン)
ベン・シュネッツァー (マーク)
ドミニク・ウェスト (ジョナサン)
ジョセフ・ギルガン (マイク)
フェイ・マーセイ (ステフ)
フレディ・フォクス (ジェフ)

☆☆☆☆☆ / 5

去年、イギリスで評判になっているのを向こうの新聞で読み、日本で公開されたら見たいと思っていて、映画館に出かけたが、大当たり。映画が、これ以上私を楽しませてくれることはまず無い、と言うレベルの楽しい作品だった。概してリベラルな考えを持ち、マイノリティーや労働運動に共感できる人には最高の作品だろう。

ストーリーは実話に基づいているそうで、今回、脚本家のスティーブン・ベレスフォード(ナショナル・シアターの”The Last of the Houssmans”の脚本家)は、色々な関係者に直接取材したようだ。そうして見いだしたウェールズの炭鉱町の関係者やゲイ・レズビアン・コミュニティーの人々がこの作品の撮影にも参加、協力をしてくれたそうである。イギリスの好きな人にも是非勧めたい、イギリスへの愛と興味を刺激される作品。

1984年、サッチャー政権下のイギリス政府は斜陽産業である炭鉱の多くを閉山に追い込もうとし、これに炭鉱労働者の組合は激しく反対して長期のストが続いていた。収入をたたれた鉱夫とその家族達は、経済的に苦しい毎日を過ごしていたし、デモやピケットの現場では、警察による過剰な暴力や拘禁が続いていた。このことを知ったロンドンのゲイ&レズビアン・コミュニティーの人々、”Gay’s the Word”というゲイ・レズビアン関連書店に集まっていたグループが、同じく政府や警察に苦しめられている者同士として鉱夫と家族達を応援しようというリーダーのマークの提案に賛同する。彼らはLGSM (Lesbians and Gays Support the Miners)というグループを結成し、街頭募金を始める。しかし、その募金を送ろうにも、炭鉱労働者の組合の正式窓口ではまったく取り合って貰えない。同性愛者の支援を受けるということが、組合にはマイナスに働くと考えたからだろう。そこで、マーク達は、ストをしているウェールズの小さな炭鉱町、ディライスに直接電話し、募金を送りたいと申し出る。組合のディライス支部の指導者ダイや彼を補佐するクリフ、シアン、グウェンなどは、この申し出を受けることにするが、保守的なモーリーンは頑強に反対する。やがて、募金を持ってロンドンのゲイ・レズビアンの連中がウェールズにやって来る。お互いに警戒し、ぎこちない雰囲気のうちに集会が始まるが、握手をし、歓迎と返礼のスピーチをし、ビールを飲み、歌を歌ったり踊ったりしているうちに、ふたつの全く異なったコミュニティーの間にあった壁が徐々に溶けていく。更に、次はウェールズのコミュニティーの代表がロンドンのゲイとレズビアンのコミュニティーを訪ねる番となった。彼らを迎えて、ロンドンのゲイやレズビアン達は、人気ミュージシャンに呼びかけて、盛大なチャリティー・ボウル(この場合のボウルは、所謂ディスコ・パーティー)を開く・・・。

良い点ばっかりで、ケチのつけようがないが、まず私の趣味を言えば、特にロケーションが好ましかった。ロンドンの普通のごちゃごちゃした通りにある、これまたごちゃごちゃした本屋の雰囲気が良い。このGay’s the Wordという本屋は今でもあるようで、英語版ウィキペディアにも載っているし、店のホームページもある。一方、ウェールズの寂しい町の感じも良い。でも特に、ロンドンの連中を乗せたマイクロバスがウェールズに入っていく時や、ビル・ナイ演じるクリフがロンドンの連中を地元の廃墟に案内した時の、ウェールズの雄大な景色が美しくて、なんとも言えない。

音楽が良い。私は音楽には無知だが、80年代のポップスが満載のようで、あの時代の雰囲気を盛り上げる。さらに、ウェールズでは地域の民衆の歌(?)も混じる。そして、それに加えてのジョナサンのダンスが素晴らしかった。その他、セットや衣装などを通じて時代の雰囲気がたっぷり盛り込まれていることで、一層魅力的なドラマになった。時代背景という点では、ドラマの背景に市場万能を唱えるサッチャー政権の重苦しい影があるのは勿論だが、ゲイの人達を物理的にも精神的にも圧殺しつつあったエイズの、死に神のような影も見える。当時はエイズは死に至る病と考えられ、また、これにより、患者に対して、そしてゲイの人々全体に対する差別も激しかった。映画の中にもエイズを患う人が混じる。

群像ドラマだが、ひとりひとりの登場人物にちゃんと個人のドラマがあって、それが短い時間にも関わらず効果的に描かれているところが、脚本の良さを感じさせる。特に、ジョージ・マッケイ演じる若い専門学校生ジョーは、保守的な家庭で、自分がゲイであることを言い出せずに苦しんでいるが、この運動を通して、自分のアイデンティティを確立し、親離れをしていく。同様に、ゲシンも田舎に母を残して、十数年会っていない。保守的で、ゲイやレズビアンと組合との関係に強行に反対するモーリーンは、段々と孤立し追い詰められる。静かに組合運動を支えるクリフには、表面では分からない、彼なりの個人的な思い入れがある。

俳優としてはビル・ナイとイメルダ・スタントンという著名な名優は勿論、日頃地味な脇役で良い味を出しているイギリスの俳優達が個性的なキャラクターを造形して飽きさせない。地味だが、偏見がなく暖かい人柄の組合の指導者ダイをパディ・コンシダインが説得力を持って演じる。このダイという実在している組合指導者は、凄い人だな、とつくづく感じるし、それを見る者に訴えるのがコシンダインの演技。屈折した若者ゲシンを演じるアンドリュー・スコットも良い。ロンドンの若者達のリーダー、マーク役のベン・シュネッツァー(アメリカ人俳優)の元気いっぱいさも印象に残る。大柄のエネルギッシュで、しかしとってもチャーミングなシアンを演じたジェシカ・ガニング、組合の元気なおばあちゃん、グウェン役のメンナ・トラッスラーも記憶に留めたい。

貧しい鉱工業地域の住民が、芸術を通じて元気を取り戻したり、創造性を発揮したりする映画としては、『リトル・ダンサー』や『ブラス』がすぐに思いだされる。また演劇では、傑作”Pitman Painters”なんて作品も思いだす。この映画の背景もそうした作品に似ているが、仕事や生活に困っているワーキング・クラスの人々が、今回は、同じように抑圧された状況にあったゲイ・レズビアン・コミュニティーと「連帯」した点が斬新。というのも、地方の鉱工業地帯のワーキング・クラスの人々は、左翼政党を支持はしても、道徳や社会通念においては概して保守的であり、都市でボヘミアン的な生活をするゲイやレズビアンの人達とはかなりの隔たりがあるからだ。しかし、そうしたふたつのコミュニティーが、おそるおそる、恥ずかしかったり恐がったりしながら近づいて、段々と打ち解け合い、理解し合い、そして手を繋ぐ。つまり、これは内気な都会の若者達と溌剌とした田舎の労働者達の、2つのコミュニティーのラブ・ロマンスなのである。

予告編ビデオ

監督のマシュー・ウォーチャス(という発音で良いのかどうか分からないが)は、演劇の世界で幅広い実績のある人で、私もOld Vicで彼が演出したエイクボーン作品の上演を見たことがある。現在のOld Vicの芸術監督は、ケビン・スペイシーだが、次期はこのウォーチャスに決まっているそうだ。

(追記)
上記のジェシカ・ガニングが演じた人物、シアン・ジェイムズは、この炭鉱ストの後、たしか映画の中でもジョナサンからそうしろと言われていたように、大学に行き、職を得、政界に入って、労働党の議員として働き続けた。2005年に国会議員となり、その後10年間、今に至るまで下院議員だ。国会における女性進出のパイオニアのひとりであったとも言われる重要な議員のようだ。しかし、今回の選挙は、以前から引退を表明していたようで、出ていない。彼女は党の公式の方針に反して、イラク爆撃再開に反対しているそうで、労働党の現状に不満を持っているのかも知れない。別の人物では、ウェールズの組合指導者ダイ・ドノバンは今も他の組合で労働運動を続けているそうである。また、エイズだったジョナサンは厳しい時代を生き残り、舞台衣装の仕事をしているそうだ。しかし、エイズで亡くなられた人もいる。その後の登場人物達の人生もまた、色々興味深い。詳しくは、ガーディアンのこの記事を

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