2015/05/04

【イギリス映画】『家族の波紋』(Archipelago)2010年制作

連休の夜、先日WOWOWで録画した再放送のイギリス映画を見た。ジョアンナ・ホッグ脚本および監督の2010年のイギリス映画。日本では劇場公開してないらしいが、DVDが今年の夏、発売されることになっている。私個人は、描かれている題材やテーマにそれ程興味が持てず、特に面白いとも感じなかったが、かと言って、退屈もしなかった。とても知的な映画だが、見る人によっては、徹底的に退屈と思うかもしれない。

出演
エドワード (息子):トム・ヒドルストン
パトリシア (母):ケイト・フェイ
シンシア(娘) :リディア・レオナード
クリストファー (画家、絵画教師):クリストファー・ベイカー
ローズ(料理人) :エイミー・ロイド

☆☆☆/5

以下のストーリーは、WOWOWの紹介文より:

裕福な家庭に育った青年エドワードは、ボランティア活動のため1年間アフリカへ旅立つことになった。母パトリシアは息子との別れを惜しむため、シリー諸島にある別荘で旅立ちまでの間を過ごそうと家族を集める。エドワードと姉のシンシア、それに料理人のローズと絵画教師クリストファーが島にやって来るが、父だけが現われない。美しい島で優雅な日々を過ごしながら、家族の間には漠然とした不安が漂い・・・。

という話だが、何も大きな事件は起こらない。家族の間のわだかまりと緊張感を描くのみ。エドワードは、リベラルなミドルクラス。30歳位で、安定した職を捨てて、アフリカのボランティア活動に身を投じようとしているが、実際的で保守的な姉のシンシアはその無鉄砲さが許せず、イライラしている。エドワードの方は、姉が、そして大なり小なり母も、人生の最大の転機を祝福してくれないことに大いに不満だ。そもそも、こうして母や姉が別荘で使用人付きの休暇を用意したこと自体、彼がこれから踏み出そうとしている「清貧の」生活のアンチテーゼであり、無言の圧力と感じている。姉弟の間には、表面では穏やかに言葉を交わしていても、緊張感が漂う。母のパトリシアは、エドワードと暖かい別れのひとときを過ごしたいと、期待に満ちてこの機会を作ったのに、子供達がピリピリしているので、段々憂うつになってくる。父親も来ることになっているようで、時々電話もかかってくるのだが、本人は現れず、パトリシアを一層悩ませる。いつも育児は自分に任せきりだった夫は自分にとって何だったのか、自分が人生を捧げてきた子供の教育は失敗に終わったのか---子供達の争いを通して、パトリシア自身の人生の価値も問われる。

アッパー・ミドルクラスの人らしく、シンシアは使用人を使用人として扱うが、エドワードは、まるで友人のように雇われた料理人のローズを遇し、自ら朝食を出したり、皿を洗ったりするので、シンシアは怒るし、ローズは当惑する。ローズはインテリジェントな女性で、英語もスタンダード・イングリッシュ。料理の「プロフェッショナル」だ。雇われ絵画教師のクリストファーは、母親と息子の相談相手になる。一方、エドワードはボランティア活動に身を投じて、豊かさを捨てようとしている。使用人達の存在は、かってのアッパー・ミドルクラスの家庭におけるものとは大きく違う。外国人の私からすると、イギリスの階級差の変容が感じられ、興味深かった。知性のありそうなローズがどのような気持ちでこの家族を観察しているか、観客にははっきりとは知らされないが、想像を膨らませられる。

シンシアの咎めるような言葉には反駁しつつも、エドワード自身も自分の後先を顧みない進路の変更に、充分には自信が持てない。アフリカに行って、エイズ予防の性教育の為に働こうとしているのだが、それが本当に現地の人々の暮らしに違いを生むような成果を上げられるのか心許なく感じ、絵の家庭教師のクリストファーに悩みを打ち明ける。また、クロエというガールフレンドがいるようだが、1年も離れたままになることも不安である。

原作の題名、"Archipelago"は「群島」という意味。シリー諸島のことも意味するだろうが、家族がひとつひとつの島のように、血縁で結びついていながら深い海で隔てられてもいる、その孤独も指しているのだろう。

コーンウォールの沖合にあるシリー諸島の灰色の風景が非常に美しく、登場人物の心象風景を見事に表現している。繰り返し見て、細部を検討すると、色々な発見がありそうな映画。ただし、映像や語りのテクニックが如何に面白くても、英国アッパー・ミドルクラスの人々の悩みに興味を感じる人は、そう多くはないだろう。限られた観客にのみ訴えかける映画に思えた。

主演のトム・ヒドルストンはコリオレーナスの名演などで、実力を発揮しており、主人公の揺れる心理を上手く表現。他の俳優も難しい役を巧みにこなしている。

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