2016/01/12

【イギリス映画】 ケン・ローチ監督作品、『この自由な世界で』("It’s a Free World . . ." 2007 )

『この自由な世界で』(It’s a Free World . . . )
2007年イギリス映画(資本は、英、伊、独、ポーランド、スペイン) 
96分

監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァティー
制作:レベッカ・オブライエン
音楽:ジョージ・フェントン
撮影:ナイジェル・ウィロビー

出演:
カーストン・ウェアリング (アンジー)
ジュリエット・エリス (ローズ、アンジーのビジネス・パートナー)
レズワフ・ジュリック (カロル、移民労働者)
ジョー・シフリート (ジェイミー、アンジーの息子)
コリン・コフリン (ジェフ)
レイモンド・マーンズ (アンディー)

☆☆☆☆ / 5

WOWOW でやっていたので、録画して見た。イングランドを代表する左翼、社会派の映画監督、ケン・ローチの作品。世界中で今最も重要な問題のひとつ、移民労働を正面から扱う。更に、非正規雇用で、一日単位、時間単位で雇われる不安定な労働が、労働者の心を、そして社会全体をどう蝕んでいるか、錐で刺すように我々に問いかける。救いがないようにも見えるが、イギリスの、そして、日本の現実を良く反映している。

(粗筋)アンジーは30才代のシングル・マザー。小学生の息子ジェイミーを両親に預けて、フルタイムで働いているが、仕事は不安定なものばかり。既に30回くらい転職を繰り返し、しかも多額の借金を背負っている。映画の始まる時点では、労働者派遣会社の社員として、ポーランドにリクルートに行き、イギリスに行きたい現地の労働者を面接している。言われたとおりに懸命にやってはいるが、男性上司や同僚達にセクハラに遭い、癇癪を起こして酒を相手にぶちまけた。そうしたことが災いしたか、ロンドンに帰ると解雇を言い渡される。もうこれ以上こんなことやっておられない、と思ったアンジーは、コールセンターで働くフラットメイトのローズと一緒に、労働者斡旋会社を始めることにする。これまでに充分にあくどい手口を学んできて、この業界で泳ぐ手立てを学んだからだ。知り合いの工場主などに話をつけ、時間単位でどんな仕事でもやれる労働者を安く仕入れてくる、と約束し、東欧などからの出稼ぎ労働者を集めて送り込む。しかし、税金も払っておらず、斡旋業を始めるための免許も持っていない。それでも金がどんどん入ってきて新しいきれいなオフィスも手に入りそうだ。アンジーは仕事に没頭していくうちに、合法と違法のすれすれの境界線を大きく踏み外しかねない事態に・・・。

昔から、そして世界中、どこにでもある話だ。アンジーは、物語の始まる時点で、既に精神的にも金銭的にも四面楚歌の状態。延々と続く不安定労働。男社会の中でセクハラを我慢する日々。働いても借金は増えるばかり。両親からは、母親としてもっとしっかりしろと咎められ、息子は学校でいじめられ、喧嘩して親も呼び出される・・・。しかし、彼女はエネルギッシュで、自分で運命を切り開こうというガッツはあり、それまでに苦い目に遭ってきた業界のルールを逆手にとって、「起業」するわけである。それぞれの個人がその才覚を活かして、成功をつかまねばならない、「この自由な世界で」(”It’s a free world”)。

しかし、彼女が踏み込んだ労働者派遣の世界は、人を商品として扱って売りさばく、謂わば奴隷市場。安い労働力を仕入れるためには非合法の移民にも手を出す。一方、劣悪な労働環境や多額のピンハネを強いられる労働者の方も必死だ。「グローバル化」や「規制緩和」のかけ声の下で今の世界で何が起こっているのか・・・遠いイギリスだけのことではなく、今日の日本に突きつけられている問題でもある。まともな経営者や農家等は、アンジーの世話するような労働力には直接手を出さないかも知れないが、二次、三次の零細下請け、不渡りを出しそうな会社、人出がなくて、折角の作物を腐らせそうな農家、等々、切羽詰まった雇用者の中には、どんな事をしてでも難しい時期を乗り切りたい、という人がいても不思議では無い。そうして、そうした必死の人々の弱みを利用する悪徳業者やギャング(日本ではやくざ)。アンジーも、自分が弱い立場にありながら悪徳業者の仲間入りをし、弱者が弱者を傷つけあい、食い物にしあう死にものぐるいの生存競争に参加する。

ケン・ローチの飾り気のない、いささか散漫とも言える撮り方がかえって生々しくて、こういう内容の映画にぴったりだ。アンジーを演じるカーストン・ウェアリングは、どこかで何度も見た俳優だと思っていたが、イギリスの長寿ドラマ ”Eastenders” のレギュラーだったそうだ。庶民的でエネルギッシュ、いつも必死のシングル・マザーを好演しており、見応えがある。強いて難を言えば、イランから逃れてきた難民のの4人家族とか、ポーランド人のハンサムな若者カロルとか、人間ドラマがもっと膨らませられそうな素材があったのに、時間が短くて、簡単にしか描かれていないのがやや残念。

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