2018/02/10

中世のイングランドにおけるレスリングの記録


中世や近代初期のイングランドにおけるレスリングについてMiranda Vaneというライターが書評紙、London Review of Books のウェッブページに短いブログを書いている。レスリングは、中世の教会のミゼリコード(聖歌隊席椅子の装飾)で頻繁に彫られているのが見受けられるとのことだ。実際のミゼリコードに彫られているレスリングの写真としてウィキペディアにこの写真が載っている。これがあるのは、シュロップシャーのラドローにある St Lawrence's Church

この記事を読み、中世イングランドのレスリングということで、まずチョーサーが『カンタベリー物語』のプロローグの中で描いている巡礼の粉屋を思いだした:'over al ther he cam, / At wrastlynge he wolde have alwey the ram'(彼はどこに出かけても、レスリングでいつも雄羊の賞品を勝ち取っていました)。更に、「荘園管理人の話」で出てくる粉屋シムキンも、'Pipen he koude . . . / . . . and wel wrastle and sheete' (彼は笛を吹いたり . . . 、レスリングをしたり、矢を射たりするのが上手に出来ました)と描かれている。都会で宮仕えをする文人チョーサーから見ると、こうした野卑な粉屋たちにぴったりのスポーツが、レスリングというわけだ。

中英語文学には他にも色々とレスリングへの言及があるだろうと思う。それで、中英語のアンソロジーを開いてみると、14世紀後半(1375年頃)の説教詩、Robert Mannyng of Brunneの 'Handlyng Synne' にこういうのがあった:

Karolles, wrastlynges, or somour games,
Whoso euer haunteth any swyche shames
Yn cherche other Yn chercheyard,
Of sacrylage he may be aferd;
Or entyrludes, or syngynge,
Or tabure bete, or other pypynge--
Alle swyche thyng forbodyn es
Whyle the prest stondeth at messe.

キャロルやレスリングやサマー・ゲーム、
そういう恥ずべき行いで、教会や教会の境内に出かける人は皆
神への冒涜を犯していると、恐れなければならない;
あるいは、インタールード(劇)とか、歌を歌うとか、
太鼓叩きとか、笛を吹くとかー
そうした事は皆、司祭がミサをあげている間は
禁じられているのである。
(原文の出典はSisam, 'Fourteenth Century Verse and Prose', p. 4)

これを読んで思ったのは、レスリングも、演劇を含む、あまり望ましくない色々なエンターテインメントの一つと見なされていて、しばしば教会の境内、おそらく時には教会内部の身廊などで行われていたということだ。ミサの間はやっちゃいけない、と言っているのは、恐れ多くもミサの間でもレスリングをやるという不心得者がいたことも示している。

レスリングは、エンターテイメントの一つとして、トロント大学から出ている『英国初期演劇資料集』(Records of Early English Drama) でリストアップされる項目にもなっている。私が持っている巻のうち2,3冊の巻末索引を見てみたが、sports などの項目の下位項目として挙げてあった。但し、索引に全くリストアップされてない巻もある(編集方針の違いか、実際に資料が見つからないのか?)。オックスフォードの巻(2 vols, Vol. 1, pp. 12-13 [Toronto, 2004] )では、ニュー・コレッジ学寮の1398年頃の規則(ラテン語)が、ダンス(saltus)やレスリング(luctacio)、その他の遊びで、学寮の建物の装飾などが損傷したり、あるいは静けさがかき乱されたりすることがあるので、これらの活動を禁止する、と定めている。長々とした規則だが例として一部抜粋する。「チャペルや広間で、ダンスやレスリングやその他の規則違反の娯楽をしてはならない事について」(De Saltribus luctacionibus & alijs ludis inordinatis in Capella vel aula non fiendis)という規則の一部:

. . . per saltus luctaciones alios ve incautos & inordinatos ludos in aula vel in Capella ipsa forsan fiendos defacili & casualiter verisimiliter ledi poterint deturpari ammoueri frangi cancellari seu alias damnificari dictus quoque murus in parte vel in toto deterior fieri vel eciam debilitari. (Vol. 1, p. 12)

(英訳) . . . dances, wrestling matches, and any other careless and irregular games from taking place in the chapel or the aforesaid hall ever at any time, by which (activities), or any one of them, damage or loss could be inflicted on the images, sculptures, glass windows, paintings, or other aforesaid sumptuous works or the aforesaid chief wall in thier construction or structure, in material or in form by any means. (trans. by Patrick Gregory; Vol. 2, p. 913)

他にも初期中英語ロマンスとしては有名な作品の『デーン人、ハベロック』( 'Havelok the Dane' )にもレスリングへの言及はある。古いところではどのくらいさかのぼれるのだろうか?古英語文学ではどうだろう?

中世演劇の勉強をしている私としても、中英語文学におけるレスリングというテーマで調べてみるのも面白そうだと思う。欧米では誰か既にやっていそうだ。

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