2018/02/15

『わが輩は猫である』に出てくる中世英文学作品

ツィッターで漱石の愛読者の方から教えていただいたのだが、『わが輩は猫である』で登場する理系の研究者、水島寒月が、猫(わが輩)の主人である苦沙弥先生や若い友人の迷亭君とのおしゃべりで、以下の様に、絞首刑について延々とうんちくを傾ける場面がある:

「それから英国へ移って論じますと、ベオウルフの中に絞首架即ちガルガと申す字が見えますから絞罪の刑はこの時代から行われたものに違ないと思われます。ブラクストーンの説によるともし絞罪に処せられる罪人が、万一縄の具合で死に切れぬ時は再度同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事にはピヤース・プローマンの中には仮令兇漢でも二度絞める法はないと云う句があるのです。まあどっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので。....」

この「ベオウルフの中に絞首架即ちガルガと申す字が見えます」という点だが、「ガルガ」とは古英語の 'galga' (gallows 絞首台)のこと。この単語は、『ベーオウルフ』では、F. Klaeberのエディションで2446行に出て来る(その場所では与格屈折形の galgan)。その前後の文の訳は「息子が絞首台にぶら下がるのを経験する年寄りの悲しみのようなものだ」となる。この場面では、主人公ベーオウルフが、自分の育て親フレーゼル王が、王の次男が弓矢の事故で長男を殺してしまった時に感じたであろうやり場のない悲しみを、物語っている。その他にも、galg-mod (sad in mind)、galg-treowum (gallows-trees, pl.) などの複合語の一部としても出てくる(『ベーオウルフ』に出てくる galga については、古英語を専門にされている先生にご教示いただいた。深謝!)。

一方、「ピヤース・プローマンの中には仮令兇漢でも二度絞める法はないと云う句があるのです」という箇所についてだが、中英語文学を代表する傑作『農夫ピアズ』には、主にA、B、Cの3つのバージョンがあり、そのうちのCの21節424-28行あたりにこの一説が出てくる。その部分を和訳すると大体こうなるようだ:「たとえ反逆者であったとしても、重罪人を一度以上絞首刑にするのはこの世の習いではない。そしてもし盗人が死刑に処せられるところに国王がやって来てその盗人を見たならば、王が彼を彼を助命してやることを法は望むだろう。」

私が手元で参照したのは、Walter W Skeatという昔の学者が19世紀末に編集した2巻本で、A、B、Cのテキストを並べたパラレル・テキスト・エディション。Skeat のエディションにはこの箇所に詳しい注が付いており、中世から近代初期において、絞首刑の執行が失敗し死刑囚が生き残った場合には、その者は再度死刑には処せられないというのが通例であったと、具体的な例を引きつつ書かれている。

興味深いことにこのSkeatの注には、やはりブラックストーン(18世紀の法学者で裁判官 Sir William Blackstone、1723-1780)の時代には、中世末期とは違い、死刑囚が死ぬまで刑罰を繰り返すようになっていたと書かれている。とすると、漱石はSkeatのエディション(初版1886年)とこの注釈を読んで『わが輩は猫である』の上記の部分を書いたのだろうか。そこで、東北大学の漱石文庫をオンラインで検索すると、漱石が Skeat のエディションを持っていたことが分かる。

それにしても漱石は『農夫ピアズ』のみならず、難解な古英語原文で『ベーオウルフ』を読んでいたのだろうか。「ガロウズ」というような現代英語のカナ表記でなく、「ガルガ」という古英語をカタカナに移した表記をしているので、読んだ可能性はある。もしそうだとすると恐るべき学識だ。尤もこの頃の英文学者は、まさに英文学全体を研究していたのだろうし、漱石は、古英語に近いドイツ語もかなり出来ただろうから、『ベーオウルフ』原文を読んだとしても不思議はない。一応、東北大学図書館の漱石の蔵書目録に "Beowulf" を入れてみたが作品のエディションは出てこなかった。コメントをいただいた古英語文学の専門家の先生によると、漱石が原作を読んだとすると、当時普及していた Benjamin Thorpe 編のエディションを参照した可能性が高いとのことだ。このエディションは現代英語のついた対訳版で、1855年に初版が出て、何度か改訂版が出ている。

(追記)
 上記を書いた後、最初に『わが輩は猫である』のこの部分について知らせて下さった方が更に関連する他の文書が載っているサイトを見つけて、ご親切にお教え下さった。感謝したい。それらの文書にざっと目を通してみたが、寒月の死刑に関するうんちくの記述は、『ベーオウルフ』や『農夫ピアズ』、ブラックストーンへの言及も含め、アイルランドの医学者でトリニティー・コレッジの教授であった Samuel Haughton(1821-97) が書いた論文、'On Hanging: Considered from a Mechanical and Physiological Point of View'(1866)に大方を負っているようである。彼はこの論文において、如何にして効果的に一瞬にして絞首刑を終わらせるか、つまり死刑囚にとって絞首刑をどうしたら出来るだけ苦痛のないものに出来るかについて、科学的な専門家として、古今の例も挙げつつ論じている。この論文はインターネットで読むことが出来る。『ベーオウルフ』や『農夫ピアズ』に触れた部分は、6-7ページ。なお、Samuel Haughton についてはウィキペディア英語版に説明がある

更にもう一つ教えていただいたのは、物理学者、中谷宇吉郎の随筆のひとつ。漱石が Haughton の論文を利用してこの部分を書いた経緯については、東京帝国大学で、漱石の友人で寒月のモデルと言われる寺田寅彦の教えを受けた中谷の随筆に詳しく書かれている(青空文庫より)。つまり、寺田寅彦がこの論文を読んで漱石に薦めたことで、『わが輩は猫である』の寒月の台詞に取り入れられることになったようだ。

但、だからと言って、漱石が『ベーオウルフ』や『農夫ピアズ』を読んでいなかったかというと、そうは言えないだろう。少なくとも、後者については、漱石の蔵書に Skeat と J. F. Davis (B-text, Prologue & Passus I-VII) のエディションなど、2種の原作テキストがあることを教えていただいた。

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