ミドルクラスの夫婦の不毛な関係
"Serenading Louie"
Donmar Warehouse公演
観劇日: 2010.3.6 14:30-16:50
劇場: Donmar Warehouse
演出:Simon Curtis
脚本:Lanford Wilson
美術:Peter McKintosh
照明:Guy Hoare
音楽、音響:Adam Cork
出演:
Charlotte Emmerson (Gabrielle)
Jason Butler Harner (Alex)
Jason O'Mara (Carl)
Geraldine Somerville (Mary)
☆☆☆ / 5
現代アメリカの劇作家、Lanford Wilsonの1970年の作品。Lanford Wilsonはアメリカの劇作家としては良く知られている人のようで、Wikipedia英語版にある程度詳しい解説がある。結論から言うと、まあまあ楽しめた。郊外のミドルクラスの夫婦の危機を扱った作品で、"Who is afraid of Virginia Woolf"なんかの雰囲気。ちょっと最後はサム・シェパードみたいなところもあり、やはりアメリカだな、と思う。批評ではかなりひどくけなしているものもあり、Donmarには珍しく空席も幾らかあったが、悪く無かったと思う。役者はとても良かった。
70年代頃(?)のアメリカ。郊外の白人中産階級が多く住む郊外の住宅地。ある家の居間が舞台。やり手の弁護士Alexは政界進出をもくろんでいる。彼の学生時代からの親友Carlは、実業家として大きな成功を治めている。しかし、Alexと妻のGabrielle、Carlと妻のMaryの2組の夫婦はまったく上手く行っていない。仕事中毒で、家に帰ってもすぐに書類を広げるAlexは、妻に興味が持てず、Gabrielleはまったく返事をしない夫に向かって、ひとり虚しく話しかける。Alexの方は、それとなくセックスを迫る妻に、脅威すら感じている一方で、後半では浮気をしているのが明らかになる。日本でもよく話題になる家庭内別居のようなものか。一方、Carlは妻に夢中であるが、Maryは彼に関心を失って愛人を作って定期的に会っている。Carlは大分前からそれを知っているが、2人の間には何か大きな壁があり、なかなかMaryにその事を正面切って話せないでいて、激しいフラストレーションが爆発寸前になっている。自分一代で財産を作り上げたビジネスマンのCarlに対し、Maryは豊かさと育ちの良さを感じさせ、2人の階層の違いがうかがえる。ある夜、2組の夫婦は、一緒に映画を見に行き、その後お酒を飲んだ後別れるが・・・。
舞台となる居間は、どこの国にでもあるような、飾り気のない洋室。特にアメリカの劇、と言う感じがしないのが、suburbiaの特色か? その為にテネシー・ウィリアムズなどにあるようなアメリカらしさが感じられず、外国人の私やイギリス人から見ると、やや薄味に感じられるかも知れず、その点が物足りなさの原因だろうか。しかし、4人の俳優は大戦説得力ある演技を見せてくれて、楽しめた。
タイトルは、Yale大学の歌から取られているとのこと。彼らが、学生時代の追憶から逃れられず、現在の自分達の生活としっかり対峙できていないことを示すのだろうか。
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うわぁ~ シャーロット・エマーソンが出演していたんですね~
返信削除私、彼女大好きです!
リトルトンの「ヘッダ・ガブラー」の評判が良くなかったので・・・・舞台のお仕事、少なくなったのかと心配していました。
私も、次回は彼女の舞台を見たいです!
この舞台の彼女、良かったんですね!!
嬉しいです。
ライオネル様、
返信削除切符が売れないらしくて、開演後にも珍しくドンマーから宣伝のメールが来たりしていました。劇評で酷評されたからでしょう。TelegraphのSpencerなんか、ひどい書き方でした。でも、結構楽しめる作品でした。特に各紙とも、俳優には好意的でしたね。Emmersonも不満を抱え家庭に閉じ込められた主婦を上手く演じていました。昔の(いや今もかな)主婦の感じる閉塞感がよく出ていました。Jason Butler Harnerを除き、イギリス人俳優なんですが、皆アメリカ英語が達者で不自然さがありませんでした。
夫が外で働き、妻が家庭で待つ、という家族はまだ多くても、そうでない生き方も多くなってきたので、こういう劇のインパクトが薄らいでくるのかもしれません。