2017/11/13

中世イギリス演劇のリハーサル(フィリップ・バターワースの近著から)

Philip Butterworthの ’Staging Conventions in Medieval English Drama’ (Cambridge UP, 2014) を読んでいるところだが、私にとってはもの凄く面白い本だ。ずっと読もうと思っていたのに、今まで先延ばしにしてきたのは勿体なかった。第三章の ‘Rehearsing Memorising and Cueing’ から、中世劇のリハーサルについて、面白いと思ったことをかいつまんで紹介したい。

ハムレットによる旅劇団の人達への演技指導や『真夏の夜の夢』のリハーサルの様子で、あのような「リハーサル」が当時の演劇で普通に行われたかのように思いがちだ。確かにシェイクスピアの頃には、ああいうリハーサルも多かったのかも知れない。しかし、少なくともイングランドの中世劇に関しては「フィジカルな演技」を伴うリハーサルの記録はないようだ。但、役者が集まってリハーサルをした記録はかなりあるそうだ。その場合、台詞を正しく記憶していることのチェック、そして恐らく、キュー通りに正しい順番で台詞を言えるかのチェックが目的らしい。現代の俳優と違い、書きぬき台本で自分の台詞のみを覚えるから、他の人の台詞はキュー(cue)を除いて殆ど知らないので、順番の確認は大切だった。台詞を記憶することへの関心の高さと、ジェスチャーなどのアクションに関する記述がないことから、イングランドの中世劇の多くは、役者が一歩前に出て台詞を言う、ということで進行した可能性が高い(但『アダム劇』のようなナチュラリスティックな演技を求める例外もあるが仏語だし時期も非常に早い)。ちなみに、当時は’reherse’という語がリハーサルの意味でよく使われたようだが、これは主な意味としては'repeat aloud'(声を出して繰り返す)。つまり覚えた台詞を繰り返しただけなのがリハーサルだったのか?

チェスターやコヴェントリーのリハーサルの場所は殆ど個人の私宅で行われた。例外的に、公共のホールや司教の邸宅などで行われた記録はある。しかし、聖史劇が山車の上で行われた町でも、実際の山車を使ったリハーサルの形跡はない。従って、やはり台詞合わせだけが行われ、役者の動きなどは二の次だった可能性が大きい。

リハーサルの回数だが、’first reherse'とか、'second reherse'と言った表現がチェスターの記録にあるそうだ。ということは、リハーサルの回数はその程度ということだろうか。つまり非常に数少ないリハーサルで本番に臨んだということ。基本的に台詞を覚えてきて2回程度の台詞あわせをやっただけで直ぐに本番だったのだろう。リハーサルの少ない歌舞伎の公演を想起させる。今で言うところの「アマチュア」が演じ、祭日のイベントである聖史劇(聖体祭劇)では、それ程演技の質は問われなかったと思うし、毎年同じ聖書の物語をやるわけだから、ベテランも多く、台詞を長年覚えている人もかなりいたと想定できる。

ケント大学のクレア・ライト博士が、「この本は全ての初期(イギリス)演劇研究者、いやすべての演劇専攻学生・研究者の必読本だ!」 とツィッターで書かれていたが、その通りと思った。バターワースは、REED(英国初期演劇資料集)をフル活用し、多くの16世紀、17世紀前半の資料にも当たっており、シェイクスピアなどのルネサンス劇研究者にも有用な本と思う。

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