"The Cost of Living"
Hamstead Theatre 公演
観劇日:2019.3.2 15:00-16:45 (no interval)
劇場:Hamstead Theatre
演出:Edward Hall
脚本:Martyna Major
デザイン:Michael Pavelka
出演:
Emily Barber (Jess)
Jack Hunter (John)
Adrian Lester (Eddy)
Katy Sullivan (Ani)
☆☆☆☆ / 5
しばらくロンドンに劇を見に行ってきた。いつも書いているが、私は極端に記憶力が悪いので、見た劇のことをもうかなり忘れてきたが、そのうち何を見たかもすっかり忘れてしまうので、備忘録として、出演者や今思いだせる印象等を簡単にメモしておきたい。本当は見た直ぐ後に書くべきだったんだけど、今回は体調悪かったりひどく疲れていたりで、劇を見に出かける以外はろくになにもせずに横になっている日が多かった。
さて、最初に見たのは、障害者とそのケアをする人という組み合わせを二組描いたアメリカの戯曲。Aniは交通事故で歩けず、トラック・ドライバーの夫Eddyにお世話になっているが、とても激しい性格で、誰彼構わずいつも罵っている。しかしEddyはとても穏やかな人で、何と言われようとも怒らずに黙々と彼女の世話をする。一方、Johnはお金持ちの家に生まれた博士課程の学生で、貧しい若者のJessを専属のケアラーとして雇用している。台詞はかなり難しかったが、物語の流れはシンプルなので劇の意図は理解出来たと思う。2つの物語は独立して交互に演じられるが、最後にケアラーの二人が偶然知り合いになって終わる。ケアラーの人達のほうが弱い立場。特に、金銭的に苦しんでいて、ケアをされる人と、する人の立場の違いと、身体の弱さ/健常が複雑に交錯して、小品だが、味わいのある良い劇だった。Adrian Lesterの陰影ある演技、特にモノローグが見応え、聞き応えあって楽しめたが、しかし、彼がワーキング・クラスのトラック・ドライバーには到底見えないし聞こえないという矛盾もあった。日本でもよくあることだが、障害者や老人のケアをする人々は、経済的にはケアされる人以上に弱い立場にいることも多い、と気づかされる。なお、障害者の役を演じるふたりの俳優も障害者だった。
2019/03/22
2019/01/14
中世ダラムのBoy Bishopの記録
REED North-East (Records of Early English Drama) のウェッブサイトで、ダラムの Boy Bishop(少年司教)の記録を取り上げている。
Boy Bishopは、Feast of Fools(愚者祭)同様、中世の大聖堂や修道院などにおける一種の秩序の逆転の祝祭(あるいは儀式と呼ぶべきかもしれない)で、多くの場所では、12月6日の聖ニコラウス(子供の守護聖人)の祝日から12月28日まで行われた。祝祭においては、聖歌隊員の少年(a chorister)が司教に代わって、ミサを除く多くの儀式を行ったり、行列を率いたりする(ウィキペディア英語版の解説)。
低い地位にある者(この場合、聖歌隊の少年)が祝祭の中でひとときの王とか女王、あるいは司教などの高い位の役を引き受けるというのは、中世の祝祭において良く見られる。愚者祭は勿論だが、世俗では五月祭の王や女王もその類型と思われる。中世カトリック社会における季節的な解放感を味わえる儀式だったのだろうか。北フランスで特に盛んだった愚者祭の場合は、祭のエネルギーが横溢した結果、一種の騒乱に転じてしまうこともあったようだが、イングランドではそのようなケースはないらしく、Boy Bishopも静かに平静に執り行われることがほとんどだったようである。
こうした習俗も広い意味で「ドラマティック」な儀式として、E.K. チェンバースなどの中世劇研究者によって研究されてきており、更にREEDの記録にも多くが収められている。私も中世劇の作品と関連づけられないかと色々と考えていた時期があった。ダラムの Boy Bishopの具体的な内容は良く分かってないようだが、期日は昇天祭の祝日(Ascention Day、復活祭の40日後の木曜日)で、筆者のJohn McKinnell教授によると、聖職者達は少年司教に選ばれた少年を先頭にして市内の教会へと行列し、最後にこの少年司教が教会で説教をすることになっていたようだ。
Boy Bishopは、Feast of Fools(愚者祭)同様、中世の大聖堂や修道院などにおける一種の秩序の逆転の祝祭(あるいは儀式と呼ぶべきかもしれない)で、多くの場所では、12月6日の聖ニコラウス(子供の守護聖人)の祝日から12月28日まで行われた。祝祭においては、聖歌隊員の少年(a chorister)が司教に代わって、ミサを除く多くの儀式を行ったり、行列を率いたりする(ウィキペディア英語版の解説)。
低い地位にある者(この場合、聖歌隊の少年)が祝祭の中でひとときの王とか女王、あるいは司教などの高い位の役を引き受けるというのは、中世の祝祭において良く見られる。愚者祭は勿論だが、世俗では五月祭の王や女王もその類型と思われる。中世カトリック社会における季節的な解放感を味わえる儀式だったのだろうか。北フランスで特に盛んだった愚者祭の場合は、祭のエネルギーが横溢した結果、一種の騒乱に転じてしまうこともあったようだが、イングランドではそのようなケースはないらしく、Boy Bishopも静かに平静に執り行われることがほとんどだったようである。
こうした習俗も広い意味で「ドラマティック」な儀式として、E.K. チェンバースなどの中世劇研究者によって研究されてきており、更にREEDの記録にも多くが収められている。私も中世劇の作品と関連づけられないかと色々と考えていた時期があった。ダラムの Boy Bishopの具体的な内容は良く分かってないようだが、期日は昇天祭の祝日(Ascention Day、復活祭の40日後の木曜日)で、筆者のJohn McKinnell教授によると、聖職者達は少年司教に選ばれた少年を先頭にして市内の教会へと行列し、最後にこの少年司教が教会で説教をすることになっていたようだ。
2018/12/19
ハートネットTV「平成がのこした宿題 (4) 自殺ー生き心地のよい社会へー」
先日来、ETVのハートネットTVで「平成が残した宿題」というシリーズが放送され、セクシュアル・ハラスメント、ジェンダー格差、ひきこもり、などと共に、自殺が取り上げられた。平成の間に自殺で亡くなられた方は約80万人。少ない年でも2万1千人以上、多い年は3万4千人を超える人が自ら命を絶った。
自殺者の陰には、彼らの遺族がいる。亡くなった人と同じくらい苦しんでおられるご家族が80万人の何倍かいらして、一生そのトラウマ、そしておそらくは家族を死なせてしまったという罪悪感、を抱えて生きていかねばならない。
この30数年の間に私が知り合った人々の中にも、自殺した人が3人いる。3人とも、親しくつきあっていて個人的なことを話せるような関係ではなかったが、何か声をかけたり、メールを出したりして悩みをやわらげる機会は無かったものか、後悔が残る。
番組では色々な自治体やコミュニティー、NGOなどの取り組みが成果をあげて、近年自殺者数が目に見えて減りつつあることが紹介されていた。出演者が言われている事だが、自殺とか鬱病といった問題は、日本では「素人が関わることではなく、専門家に任せるべき」と考える人が多くて、結果的に苦しんでいる人々をほったらかしにしてきたそうだ。しかし、今成果を上げている方策は、一般の人達が地域で声かけをして、自殺予防に繋げているそうだ。
自殺者の陰には、彼らの遺族がいる。亡くなった人と同じくらい苦しんでおられるご家族が80万人の何倍かいらして、一生そのトラウマ、そしておそらくは家族を死なせてしまったという罪悪感、を抱えて生きていかねばならない。
この30数年の間に私が知り合った人々の中にも、自殺した人が3人いる。3人とも、親しくつきあっていて個人的なことを話せるような関係ではなかったが、何か声をかけたり、メールを出したりして悩みをやわらげる機会は無かったものか、後悔が残る。
番組では色々な自治体やコミュニティー、NGOなどの取り組みが成果をあげて、近年自殺者数が目に見えて減りつつあることが紹介されていた。出演者が言われている事だが、自殺とか鬱病といった問題は、日本では「素人が関わることではなく、専門家に任せるべき」と考える人が多くて、結果的に苦しんでいる人々をほったらかしにしてきたそうだ。しかし、今成果を上げている方策は、一般の人達が地域で声かけをして、自殺予防に繋げているそうだ。
2018/12/09
シェイクスピアの晩年を描く映画、 'All Is True' 、来年以降公開
シェイクスピアがストラットフォードで過ごした晩年を描く映画、 'All Is True' が出来た。ケネス・ブラナーがシェイクスピアを演じ、彼自身が演出。奥さんのアン・ハサウェイを演じるのはジュディ・デンチ。更にイアン・マッケランも出演。脚本はベン・エルトン。来年2月に英米で公開されるそうだ。
以前にシェイクスピアの晩年を描いた劇、エドワード・ボンドの 'Bingo: Scenes of Money and Death' をロンドンのヤング・ヴィック劇場で見た。彼の悩みの多い、メランコリックな日々がとても興味深く描かれていた。天才シェイクスピアだけではなく、市井の一個人として家族などに振り回される父親だった。その時の感想。さて、今回の映画がどうなるか楽しみ。
シェイクスピアがストラットフォードに残した家族を描いた劇としては、Peter Phelanの 'The Herbal Bed' と言う作品もある。これは、劇作家の死後の彼の娘スザンナを主人公にした劇で、シェイクスピアは登場しなかったと思う。シェイクスピア関連の劇と言うより、17世紀の田舎町の比較的豊かな平民の家庭を描いた劇として見るのが正しいだろう。私は感想を書き残してないのだが、多分1990年代にウエストエンドの劇場で見て、結構面白かったというおぼろげな記憶がある。機会があったらまた見てみたい。
以前にシェイクスピアの晩年を描いた劇、エドワード・ボンドの 'Bingo: Scenes of Money and Death' をロンドンのヤング・ヴィック劇場で見た。彼の悩みの多い、メランコリックな日々がとても興味深く描かれていた。天才シェイクスピアだけではなく、市井の一個人として家族などに振り回される父親だった。その時の感想。さて、今回の映画がどうなるか楽しみ。
シェイクスピアがストラットフォードに残した家族を描いた劇としては、Peter Phelanの 'The Herbal Bed' と言う作品もある。これは、劇作家の死後の彼の娘スザンナを主人公にした劇で、シェイクスピアは登場しなかったと思う。シェイクスピア関連の劇と言うより、17世紀の田舎町の比較的豊かな平民の家庭を描いた劇として見るのが正しいだろう。私は感想を書き残してないのだが、多分1990年代にウエストエンドの劇場で見て、結構面白かったというおぼろげな記憶がある。機会があったらまた見てみたい。
2018/12/06
学会発表を終えて
先週末(11月30日、12月1-2日)、学会で名古屋に行ってきた。30日は学会の委員会、1日と2日は学会本番だった。その前からずっと体調が悪く、胃腸が荒れていて、3日間、腹部の不快感をこらえつつ過ごした。30日の新幹線の中では、気分が悪くてずっと目をつぶって我慢している有様だったし、特に12月1日は私自身が口頭発表したので、どうなるか大変心配した。実際、途中気分が悪くなりそうな瞬間があったが、何もなくて無事に発表を終え、ほっとした。帰ってきたらもの凄く疲れが溜まっていて、木曜日の今日になっても、未だにそれが取れてない感じがする。
私の発表は予定通りに終わった。何度も練習して、せめて時間はしっかり守り司会者に迷惑をかけない事だけはいつも心がけている。今回も制限時間の30分の前後で収まり、おそらく誤差は1分以内だったと思う。その点は満足。司会をして下さったのは、私よりずっと若い、働き盛りの中世演劇の専門家の先生。これまで直接お話ししたことがなかった方で、今回知り合えて良かった。中世劇の専門家は大変少なく、若い先生は他にはおられないので、彼からは今後も色々と教えていただきたいと思っている。発表後の質疑応答も、大変学識豊かな権威者の先生方から質問やコメントをいただき、ありがたく、かつ参考になった。
但し、発表した本人としては、以前にも書いた事があるが、自分の発表がどういう風に受け取られたのか知るのは難しい。学会発表をすると、大体は「ご苦労さま、面白かったです」と苦労をねぎらってもらえるのが常。でも、それ以上の突っ込んだコメントをもらうことや率直に批判してもらえることは少ない。面白いと言われても、どこがどう面白かったのかも、よく分からない。過去においても、大きな学会で発表し、何人もの方に好意的なコメントをもらい、望外に良い感触を得たはずなのに、発表原稿をまとめて査読誌に投稿してみると、修正意見もなく、一刀両断にされて掲載拒否、ということもあった。だから、「ご苦労さま」的な反応はまさにそれだけのこと、と思うことにしている。率直な感想を言って貰うには、もともと親しい交友があり、しかも専門分野も近くて内容が理解出来る人である必要があるだろう。しかし、私ほほとんどひとりで中世演劇を勉強してきたから、そういう友人はいない。ただし、今回は発表当日前後、体調の上で大変辛かったので、自分自身に対して本当に「ご苦労さまでした」と言ってやりたい(^_^)。
今回も何人かの若い研究者の発表を聞いたり、懇親会等で話したりした。近年の若い研究者や働き盛りの方々の優秀さには、いつもながら舌を巻く。多くの競争をくぐり抜け、内外の最もレベルの高い大学院の博士課程、そして専任職に進まれているのだから当然だ。彼らの多くが、そもそも頭の回転が早く、メンタルも強く、また競争心もプライドもある、という印象を受ける。一方、私の世代の文学研究者は、私自身がその典型だが、会社や役所の勤め人にはなりたくてもなれないという落ちこぼれで、内向的で人前に出るのが苦手、社会的にはかなり不器用な人がかなりいた。だから文学部に行き、こつこつと勉強して何とかその分野で生きながらえたという人種。今はそういう人では、研究者の世界では全く生き残れない。文学研究を含め、アカデミアのどの分野でも、研究者は競争を勝ち残る卓越した能力と強い精神が必要だ。今だったら、私は大学卒業度どうしているだろうか。教育・研究職なんて望むべくもないから無理にも何らかの勤めにでているだろうけど、私でもやれることがあっただろうか。
私の発表は予定通りに終わった。何度も練習して、せめて時間はしっかり守り司会者に迷惑をかけない事だけはいつも心がけている。今回も制限時間の30分の前後で収まり、おそらく誤差は1分以内だったと思う。その点は満足。司会をして下さったのは、私よりずっと若い、働き盛りの中世演劇の専門家の先生。これまで直接お話ししたことがなかった方で、今回知り合えて良かった。中世劇の専門家は大変少なく、若い先生は他にはおられないので、彼からは今後も色々と教えていただきたいと思っている。発表後の質疑応答も、大変学識豊かな権威者の先生方から質問やコメントをいただき、ありがたく、かつ参考になった。
但し、発表した本人としては、以前にも書いた事があるが、自分の発表がどういう風に受け取られたのか知るのは難しい。学会発表をすると、大体は「ご苦労さま、面白かったです」と苦労をねぎらってもらえるのが常。でも、それ以上の突っ込んだコメントをもらうことや率直に批判してもらえることは少ない。面白いと言われても、どこがどう面白かったのかも、よく分からない。過去においても、大きな学会で発表し、何人もの方に好意的なコメントをもらい、望外に良い感触を得たはずなのに、発表原稿をまとめて査読誌に投稿してみると、修正意見もなく、一刀両断にされて掲載拒否、ということもあった。だから、「ご苦労さま」的な反応はまさにそれだけのこと、と思うことにしている。率直な感想を言って貰うには、もともと親しい交友があり、しかも専門分野も近くて内容が理解出来る人である必要があるだろう。しかし、私ほほとんどひとりで中世演劇を勉強してきたから、そういう友人はいない。ただし、今回は発表当日前後、体調の上で大変辛かったので、自分自身に対して本当に「ご苦労さまでした」と言ってやりたい(^_^)。
今回も何人かの若い研究者の発表を聞いたり、懇親会等で話したりした。近年の若い研究者や働き盛りの方々の優秀さには、いつもながら舌を巻く。多くの競争をくぐり抜け、内外の最もレベルの高い大学院の博士課程、そして専任職に進まれているのだから当然だ。彼らの多くが、そもそも頭の回転が早く、メンタルも強く、また競争心もプライドもある、という印象を受ける。一方、私の世代の文学研究者は、私自身がその典型だが、会社や役所の勤め人にはなりたくてもなれないという落ちこぼれで、内向的で人前に出るのが苦手、社会的にはかなり不器用な人がかなりいた。だから文学部に行き、こつこつと勉強して何とかその分野で生きながらえたという人種。今はそういう人では、研究者の世界では全く生き残れない。文学研究を含め、アカデミアのどの分野でも、研究者は競争を勝ち残る卓越した能力と強い精神が必要だ。今だったら、私は大学卒業度どうしているだろうか。教育・研究職なんて望むべくもないから無理にも何らかの勤めにでているだろうけど、私でもやれることがあっただろうか。
2018/11/20
学会発表準備中
来月初めに学会発表をすることになっていて、今その準備中。とは言ってももう間もなくだから、原稿もハンドアウトも一応出来ている。ほとんどの内容は Ph.D 論文に基づいているので、草稿を書くのにはそう苦労しなかった。しかし、大体の原稿が出来てからも関連文献を読み、問題点がないか確認していると、いくつか今まで気づかなかった点や自分の知識が不足している点が見つかり、焦っている。まあ、すべての学会発表は謂わば中間報告。30分では言えることも限られているる。ある程度の完成を見るのは印刷物にする時なので、口頭発表段階ではいくらかの問題が残ったままなのは仕方ない。後に残らない口頭での発表は、聴き手からご意見をいただいて改善していくためのプロセスと考えるのが正しいだろう。
私の場合、口頭発表にしろ論文にしろ、歳を取るにつれて一段と自分の能力や知識に関する自信がなくなり、自分の考えを他の研究者に問うことが出来なくなっている。研究者は研究結果を論文や著書で発表するのが仕事の大事な部分だ。アカデミアの外の人達は、論文も書かない怠け者の教授達をしばしば批判する。確かにそういう方も一定数いるとは思うが、私のように、論文を書きたいがなかなか実力が伴わず書けない、自信がない、という人もかなりいるだろう。私は、そもそも若い頃から自分の能力に何の自信もなかった。しかし、フルタイムの教員として多忙を極めていた間は、日々の校務や授業準備で精一杯。体力がないのでいつも疲労感をひきづりつつ仕事をしていて、研究について悩む余裕はおろか、研究する余裕もろくになかった。そういう生活に疲弊し、仕事を辞めて、博士論文を書いた。しかし、その間に何度もつまづき散々苦しんで、自分の浅学と非力を痛感し落ち込んで、一層論文のための勉強が滞った。イギリスの指導教授にも、君は自分の研究について自己評価が低すぎる、とよく言われたものだ。
専任教員を辞めた今は、なかなか論文を書けなくても、もっと業績を作れ、と上の人から𠮟咤(+激励)されなくてすむので、やや気が楽である。
さて、発表はどうなりますら。聴いて下さる方々は、将来ある若い人々なら鍛え甲斐もあるが、老人を今更鞭打っても仕方ないと思われて、色々と間違いや足りないところがあっても、大目に見ていただけるとは思うが・・・。
私の場合、口頭発表にしろ論文にしろ、歳を取るにつれて一段と自分の能力や知識に関する自信がなくなり、自分の考えを他の研究者に問うことが出来なくなっている。研究者は研究結果を論文や著書で発表するのが仕事の大事な部分だ。アカデミアの外の人達は、論文も書かない怠け者の教授達をしばしば批判する。確かにそういう方も一定数いるとは思うが、私のように、論文を書きたいがなかなか実力が伴わず書けない、自信がない、という人もかなりいるだろう。私は、そもそも若い頃から自分の能力に何の自信もなかった。しかし、フルタイムの教員として多忙を極めていた間は、日々の校務や授業準備で精一杯。体力がないのでいつも疲労感をひきづりつつ仕事をしていて、研究について悩む余裕はおろか、研究する余裕もろくになかった。そういう生活に疲弊し、仕事を辞めて、博士論文を書いた。しかし、その間に何度もつまづき散々苦しんで、自分の浅学と非力を痛感し落ち込んで、一層論文のための勉強が滞った。イギリスの指導教授にも、君は自分の研究について自己評価が低すぎる、とよく言われたものだ。
専任教員を辞めた今は、なかなか論文を書けなくても、もっと業績を作れ、と上の人から𠮟咤(+激励)されなくてすむので、やや気が楽である。
さて、発表はどうなりますら。聴いて下さる方々は、将来ある若い人々なら鍛え甲斐もあるが、老人を今更鞭打っても仕方ないと思われて、色々と間違いや足りないところがあっても、大目に見ていただけるとは思うが・・・。
2018/11/11
中世劇に使われる「サイクル劇」という名称
12月始めにやる予定のイギリス中世劇に関する研究発表の原稿を書いていて、気になることがあった。2,3度、「サイクル劇」という言葉を使っていたが、この語は中世劇を表すためには段々使われなくなっている。中世から伝わったとされる英語による4つの大きな劇の集まり、ヨーク劇、チェスター劇、タウンリー劇、Nタウン劇は、長年、サイクル劇(cycle plays)と呼ばれてきた。サイクル劇と呼ばれるに至ったのは、天地創造から最後の審判に至る聖書の物語、つまりゼロから始まりゼロへと戻るこの世界の循環(サイクル)を数多くの短い劇で表現しているからである。これら主要4大「サイクル劇」のうち、ヨーク劇とチェスター劇はイングランド北部の2つの都市に残る様々の記録と現存する写本がほぼ符合しており、サイクル劇と呼んでも問題ない。しかし、タウンリー劇とNタウン(N-town)劇は、それぞれ1写本しか残っておらず、それらの写本がどの都市(あるいは町や村)で上演に使われたか分かっていないばかりか、そもそも写本とほぼ同様の形で上演されたかどうかも怪しい。写本として単に読まれるためだけに劇が集められた可能性もある。「タウンリー」(Towneley)は写本の名前であり、「Nタウン」は写本の中にあるこれが上演された町の名前であるが、「N」というのは恐らく空欄を現すために使われた文字ではないか、つまりそこに特定の町の名前を入れる代わりに使われた文字と考えられている。「○○タウン」みたいなもの。これら2つの写本に含まれる多くの短い劇は、ヨーク劇などのような一貫したデザインを基にして書かれた(あるいは、集められ編集された)劇ではなく、色々な場所で書かれたり上演されたりしていた劇の脚本を、天地創造から最後の審判という聖書の物語に沿って選択し、1つの写本に集められたわけだ。つまり、この2写本は複合写本(composite manuscripts)であり、短い劇のアンソロジーなのである。写本のレベルで見ると、確かに 'cyclic form' を取ってはいるが、全く別の目的で色々な作家により書かれた作品を「演劇作品集」として集めたに過ぎない。
そこで権威者によるスタンダードな研究の総括として、1994年の Cambridge Companion to Medieval English Theatre (ed. Richard Beadle) を見てみると、ヨーク、チェスター、タウンリーに関する章のタイトルでは、'cycle' という名前が使われているが、Nタウンでは、'The N-Town plays' という名称になっている。更に、2008年に出たこの本の第2版では、タウンリー劇の章も、初版と同じ筆者、Peter Meredith の執筆だが、'The Towneley pageants' という名称に変えられている。更にヨーク劇についても、筆者で本全体のエディターでもあるRichard Beadle は、'The York Corpus Christi Play' というタイトルに変更している。「サイクル劇」という名称の背後にあるアイデアそのものが学問的に使いづらくなっている証拠だろうか。このあたりは、私ももっと勉強が必要だ。とりあえず、今回の研究発表では「サイクル劇」とか、「サイクル」という名前を使わない事にした。
これに関連して、手元にある日本語の英米演劇史や英文学史、シェイクスピア概論などの教科書を幾つか見てみた。私はあまり新しい本を持っていないのも一因だが、中世劇に関してかなり古色蒼然とした記述も目に付く。近年日本語でこの分野の本が出ていないことも一因だろう。更に、英文学史などで初期の演劇について執筆することの多いシェイクスピアを含むルネサンス演劇研究の研究者で、中世劇についてもある程度研究をしている人が少ないかほとんどいないことも原因だろう。
イギリス中世劇に関して最も信頼に価する素晴らしい日本語の概説書は松田隆美先生や石井美樹子先生他6名の優秀な研究者による『イギリス中世・チューダー朝演劇事典』(慶應義塾大学出版会、1998)だが、何しろ20年も前に出た本であり、現在の英米の研究状況とはかなりずれている。「聖史サイクル劇の発生と発達」というセクション(pp. 3-8)も、「サイクル劇」という言葉の適用範囲も含め、修正したほうが良い点が幾つかある。これを読んだ方が文学史の本を書いたりすると、そのまま不確かな情報が広まることになる。これから文学史や演劇史の執筆や編集をされる方は、少なくとも、上記 Cambridge Companion to Medieval English Theatre (ed. Richard Beadle)の Second edition (2008) のイントロダクションくらいは読んで、基本的な知識をアップデートする必要がある。
イギリス中世劇について、近年の基本的な知識の変化については、まだ書きたいことがあるが、私自身勉強不足であり、取りあえずは自分の研究発表の原稿を書くのに大忙しなので、そのうちまた(^_^)。
そこで権威者によるスタンダードな研究の総括として、1994年の Cambridge Companion to Medieval English Theatre (ed. Richard Beadle) を見てみると、ヨーク、チェスター、タウンリーに関する章のタイトルでは、'cycle' という名前が使われているが、Nタウンでは、'The N-Town plays' という名称になっている。更に、2008年に出たこの本の第2版では、タウンリー劇の章も、初版と同じ筆者、Peter Meredith の執筆だが、'The Towneley pageants' という名称に変えられている。更にヨーク劇についても、筆者で本全体のエディターでもあるRichard Beadle は、'The York Corpus Christi Play' というタイトルに変更している。「サイクル劇」という名称の背後にあるアイデアそのものが学問的に使いづらくなっている証拠だろうか。このあたりは、私ももっと勉強が必要だ。とりあえず、今回の研究発表では「サイクル劇」とか、「サイクル」という名前を使わない事にした。
これに関連して、手元にある日本語の英米演劇史や英文学史、シェイクスピア概論などの教科書を幾つか見てみた。私はあまり新しい本を持っていないのも一因だが、中世劇に関してかなり古色蒼然とした記述も目に付く。近年日本語でこの分野の本が出ていないことも一因だろう。更に、英文学史などで初期の演劇について執筆することの多いシェイクスピアを含むルネサンス演劇研究の研究者で、中世劇についてもある程度研究をしている人が少ないかほとんどいないことも原因だろう。
イギリス中世劇に関して最も信頼に価する素晴らしい日本語の概説書は松田隆美先生や石井美樹子先生他6名の優秀な研究者による『イギリス中世・チューダー朝演劇事典』(慶應義塾大学出版会、1998)だが、何しろ20年も前に出た本であり、現在の英米の研究状況とはかなりずれている。「聖史サイクル劇の発生と発達」というセクション(pp. 3-8)も、「サイクル劇」という言葉の適用範囲も含め、修正したほうが良い点が幾つかある。これを読んだ方が文学史の本を書いたりすると、そのまま不確かな情報が広まることになる。これから文学史や演劇史の執筆や編集をされる方は、少なくとも、上記 Cambridge Companion to Medieval English Theatre (ed. Richard Beadle)の Second edition (2008) のイントロダクションくらいは読んで、基本的な知識をアップデートする必要がある。
イギリス中世劇について、近年の基本的な知識の変化については、まだ書きたいことがあるが、私自身勉強不足であり、取りあえずは自分の研究発表の原稿を書くのに大忙しなので、そのうちまた(^_^)。
登録:
投稿 (Atom)