妻が以前に録画しておいてくれたケン・フォレット原作のテレビドラマ、『ダークエイジロマン・大聖堂』("The Pillars of the Earth")を、ゴールデンウィーク中に少しずつ見ていた。6日までに、第6話まで見たところ。アメリカのドラマ風だが、カナダ・ドイツ・イギリス資本による制作らしい。イギリスでは民放のチャンネル4で放映していた。アメリカのドラマのように、派手でアクションやロマンス、セックスが多く、深みに乏しい印象だ。これでもかとたたみかけるような音楽や効果音がうるさすぎる。但、退屈させないテンポの良さ、筋の面白さはハリウッドのアクション映画と同じ。制作はリドリー・スコット。彼自身も中世を舞台にした"Kingdom of Heaven"という映画を監督したことがある。
個人的には、ノルマン朝からアンジュー・プランタジネット朝への過渡期 (1135-54) で内乱に明け暮れた時代を扱ったドラマとして、歴史的な興味は大いにある。エリス・ピータースの『カドフェル神父』シリーズの時代設定と同じ時期にあたる。ヘンリー1世の娘、女帝マチルダ(モード)(1102-67)という女性は大変たくましく、面白い人物だが、このドラマでは彼女は王スティーブン (c. 1197-54、在位1135-54) と比べ、あまり登場しないのが残念だ。ドラマではこうした歴史上実在した人物は、それ程詳しくは描かれてはいないようだ。なお、当時の王侯貴族は皆フランス語をしゃべっていたので、このドラマのスティーブンやマチルダ、及び彼らのまわりの人々の多くもフランス語で会話していたと思われる。しかし、一般の修道士や家来達はどの程度までそうだったのだろうか。逆にスティーブンやマチルダは英語も堪能で、バイリンガルだったのだろうか。
ドラマではヘンリー1世が毒殺されることになっているが、これはフィクションのようだ。伝説では死因は食中毒とも、好物のヤツメウナギの食べ過ぎとも言われているそうだが、あくまで伝説での話。こういうフィクションが混じっているのが、この手のドラマや映画の問題で、視聴者が作り事として見てくれると良いんだけど。
他の方のブログなどでの感想を読むと、教会がひどく腐敗しているように描かれていることに驚いたり、納得したりする受け止め方があるようだが、中世キリスト教会(イングランドでは全て、教皇を頂点としたローマ・カトリック教会)は巨大な世俗権力でもあるので、色々な権力闘争や腐敗があって当然だろう。正確には覚えていないが、中世イングランドの不動産の数分の1は教会の所有であった。庶民は収入の10分の1を税として教会に納めるのが原則だった。キングズブリッジ修道院とシャイリング城のハムリー家の争いは、その地方における2つの大領主の経済的覇権争いとしても描かれている。大聖堂はその教会のこの世における権力を誇示する、謂わば「城」。シェイクスピアの歴史劇にも出てくるように、司教は戦争ともなれば武装し、臣下の騎士や従者を連れて出陣することもあった。従って、このドラマの描写から、中世キリスト教会の世俗性をあまりネガティブに受け取る必要もないだろう。日本史における仏教の諸派や、現代日本の宗教団体とそれらが創立したり影響を及ぼしたりしている政治的組織同様、この世の大きな組織である限り、宗教団体も世俗組織として色々な経済的、政治的顔を持っているのは当然だろう。その中では激しい権力闘争や腐敗が起こることも避けられない。まして、このドラマで描かれた内乱の時代なら、教会も聖職者も様々の手段を尽くして組織防衛をせざるを得ない。中世も古い時代になればなるほど、庶民にとっては、教会はまず領主であり、裁判所であり、政治的かつ経済的支配者として認識されていたのではないだろうか。それが徐々に、個人の精神をも支配し始め、内的信仰を重視、あるいは強要し、庶民の生活の隅々まで束縛し始めたのが、このドラマに描かれた頃で、それが本格的になるのは、13世紀、第4回ラテラン公会議あたりか(1215)。それまでの教会のような、主として領主様という存在のほうが、庶民にとっては内心までは支配されず、緩くて良かった面もある、というのが私の考えだ。いつの時代でも、宗教団体があまりに信心深く、純粋であろうとすると、かえって強権的で、押しつけがましくなる。多少腐敗しているくらいで丁度良い(^_^)。ちなみにこの1215年という年は、マグナカルタの成立した年でもあり、ヨーロッパ史の分水嶺とも言えるかもしれない。その時の王はジョン王で、マチルダの孫である。
他に気づいたことでは、ウィリアム・ハムリーと母親のリーガンの近親相姦的関係(ハムレットとガートルード)や、アリエナとジャックが一夜の逢瀬を過ごすシーンなど(『ロミオとジュリエット』)、シェイクスピアから借りたようなな場面が目についた。
1つ気になったのは最初の方のエピソードにおける魔女の描き方。大規模な魔女狩りがなされるなど、魔女が社会の注目を集めるのは中世末期もいよいよ終わる頃から。主として社会全体が宗教的不寛容に飲み込まれた近代初期の宗教改革期以降であり、また主に大陸諸国の現象である。こういうドラマや映画により、中世というと魔女とか魔女狩りという印象が植えつけられがちだが、かなり誇張されている。魔女と呼ばれる人々は存在し、彼らに対する迫害もあったが、中世末においても、イングランドでは火刑にまで至ることはほとんど無く、被疑者が罪を認めて改悛すれば、何らかの贖罪の罰を受けた後解放されることが大半だっただろう。
原題は、"The Pillar of the Earth"(直訳すれば「大地の支柱」)、和訳の書名は『大聖堂』。しかし、NHKの放送では『ダークエイジロマン大聖堂』としている。この「ダークエイジ」という説明書きは不要だったのではないか。中世を示すのにThe Dark Agesという英語が使われたのは20世紀初め頃までで、今は歴史に関心のある人ならば使う人はいない。もし使われるにしても、中世の初期にのみ使われることが時折あるくらいだろう。これじゃまるで、イングランドの中世は「暗黒時代」。中世はそれ程「ダーク」でもなかったのだけどねえ。20、21世紀、原爆だの原発だの、2度の世界大戦や、やがて来る人工衛星まで使った宇宙戦争だの考えると、近頃のほうが、余程「ダーク」?
(5月13日、追記)
昨夜7話と8話を見て、これで全部見終わった。全体として、大変楽しめる歴史絵巻となっている。個人的にはちょっとけばけばしすぎると感じた。どの家庭でも、お子さんと一緒に見るとなると暴力シーンやセックスシーンは行きすぎだろう。
悪役を演じる俳優達が上手くて、私には強い印象を残した。ウエイラン司教、ハムリー家の母と息子が特に印象的。こそこそと裏で密告する副院長も良い。また、スティーブン王も、若い時から老け役へ、驚くほど変化した。
第7話で、馬に乗ったウィリアム・ハムリーの一党がキングズブリッジの町を襲撃し、町民に撃退されるシーン、『七人の侍』にヒントを得ていると多くの人が感じるのでは?
Amazon.co.jpで日本語版DVDを買うと12,969円ととても高価。でも英語版は2,683円。従って英語で楽しめる方なら、1回映画に出かけたと思って、DVDを買ってみても損はしない出来のドラマ。
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