2018/09/02

口頭試問(VIVA)当日から、Ph.D論文の最終承認まで

前回のブログでは論文提出後、Ph.D 論文審査の試験官の決定や、口頭試問の準備について書きました。今回は、その口頭試問自体について、もう大分忘れてしまったのですが、憶えていることを書いておきます。

私は論文の評価がどうなるかについては、ある程度不安がありましたが、口頭試問自体が上手く行くか行かないかは、ほとんど心配していませんでした。と言うのは、教員として長年修士論文の審査をしてきて、口頭試問の受け答えの上手下手で論文の評価が変わることはまずない、と確信していたからです。私は、何度も長期留学をしているにも関わらず英語の会話能力はお粗末だし、近年は年齢のせいで多分平均的な老人よりも早くやや難聴を自覚するようになり、会話で聞き直すことが多くなりました。というわけで、とても上手に受け答えすることは出来ません。しかし、評価されるのはあくまで論文そのものです。口頭試問により、試験官がそれまで気づかなかった論文の長所とか短所、執筆者の努力などに気づかされていくらか評価が変わることはあり得ますが、根本的な判断、合格・不合格、あるいは、細かな訂正(minor corrections)で済むか、全体的な修正・書き直し(major revision)が必要か、という点が変わることはほとんど無いと思います。但、二人の試験官の評価が大きく異なることは偶にあるようなので、その場合は、口頭試問の結果と言うより、二人の試験官が直接話をするこの機会、つまり口頭試問の前後に、どちらかの試験官が、もう一人の試験官の意見を聞いて大幅に評価を変えることはあり得ます。

今回、改めて試験官二人が書いて大学に提出し、またサイン入り写しを私も郵送して貰った公式の報告書(Examiners' Report)を読み返してみました。その報告書は、ベースに大学の決まったフォーマットがあって、評価については後で述べるように幾つかの選択肢の中からひとつにチェックを入れたり、論文で修正すべき点について試験官が記入したりするようになっています。もらった時は、パスしたと言うことしか考えてなかったんですが、ケント大学ではPh.D論文の成績には、細かくは8つあることが分かりました。即ち簡単にまとめると:

1. 所謂ストレート・パス。そのままで良い、という一番良い評価。(Examiners' Report のフォーマットの文は、We recommend that the candidate be admitted to the degree of PhDだけ)

2. 小さな訂正(minor corrections)が必要。3ヶ月の猶予期間の間に修正して学内試験官のみがチェックした上でパス。(文面は、We recommend that the candidate be admitted to the degree of PhD subject to certain minor corrections to the thesis being carried out to the satisfaction of the Internal Examiner within three months . . . . で始まります。以下省略)

3. 内容に関するある程度実質的な修正(revision)が必要。その上で、6ヶ月以内に学内と学外の両方の試験官に再提出し、二人は再度合否を相談する。

4. 修正(revision)ではなく、全般的な書き直しの上で再提出(resubmission)が必要。しかもこれは試験官だけでなく、再提出を許可することを所属部門の会議でも承認される必要がある。その上で1年以内に書き直して、二人の試験官に再提出。

5. (論文の再提出ではなく)口頭試問を6ヶ月以内に再度受ける(これがどういう場合に当てはまるのかは不明。論文は合格だけど、口頭試問が不合格という意味だろうから、多分人文系はないケース?)。

6. 論文はPh.Dには相応しくないので、そのまま修正しない形で M.Phil (Master of Philosophy) の学位として再提出をすべきであるという評価。

7. 上記6に準じ、M. Phil授与に価するが、M.Philの学位としても小さな訂正(minor corrections)が必要なので、3ヶ月の間に必要な訂正をして再提出、という評価。

8. いかなる学位も授与することは出来ないし、修正や再提出も許されないという評価(その学生の人生に破壊的な影響を与えるので、ここまでこじれるケースはほとんど無いとは思うのですが、間接的に聞いたことはあります)。

イギリスの大学は大体似たような評価システムと思いますが、こうしてみると、論文の出来が悪い場合でも色々な救済方法が用意されているわけです。ほとんどすべての人は1から4までのどれかの評価を与えられます。6とか7は話に聞いたことはありますが、普通、論文を提出し口頭試問を受ける大分前に、指導教授から、Ph.Dは多分無理だろう、と言われるでしょうし、本人も自分は向いてないと思って辞めて行く人がある程度いると思います。またほとんどすべての大学では、Ph.Dを目ざす人もまずは形式上M.Phil課程に入学し、1年前後の時期にPh.D課程にアップグレードをする事になっているので、その時点で、アップグレードは不可という判断が下され、博士は難しいと言われると思います。私が間接的に知っている日本人の研究者で、Ph.Dを目ざしていたけれどM.Philしか貰えなかったという方のこと聞いたことがあります。その方は他の大学に移ってPh.Dを授与されたそうです。しかし私の知るほとんどの方は(と言ってもあまり知り合いはないのですが)、1か2の評価。たまに3か4もあるようですね。私の指導教授も、エクスターナルとして審査した論文で、4の全面的書き直しの評価を出したことがあるとおっしゃっていました。第一次資料が不足していたので、もっと資料を増やした上で書き直すように要請したとのことでした。

前回も書いたように私のVIVAの試験日は2017年9月11日、時間は午後2時からで、場所は大学のセミナー室(十数人座れる小さな教室)でした。私は折角イギリスに行くのだから、時差ボケを完全に解消して体調を整える事を考え、8月下旬からロンドンに行って、涼しい中で美術館、博物館や劇場に行ったり、勉強をしたりしていました。もちろん、論文を数回読み直しました。ロンドンに滞在していて、私の宿舎からカンタベリーの郊外にあるケント大学のキャンパスまでは、普通の電車を使っていくと電車やバスの待ち時間や歩く距離等も入れて2時間半〜3時間くらいはかかります。電車は良く遅れるので余裕を見て10時頃家を出たと思います。大学に着いたのは1時間くらい前だったのですが、図書館でメモを読んで準備していました。電車の中でも図書館でも、上で書いたような想定される質問の答とか、詳しいサマリーを読むことで、安心が得られました。実際にどれだけ役に立ったかは分かりませんが、精神的には、自分が思いつく限りの充分な準備をやっておいて良かったと思います。

会場のセミナー室に着いたのは、定められた時間、2時、の5分か10分前だったと思います。その時には既に2人の試験官は椅子に座っておられました。エクスターナルのM先生は私を憶えておられて、Nice to see you again と言われたように思います。インターナルのW先生は始めてお目にかかりました。質疑応答は主にベテランのエクスターナルの先生が先導し、インターナルの先生が捕捉するというペースで進みました。インターナルの若い先生は、大ベテランに大きな敬意を払っていることが窺えました。質疑応答の時間は1時間45分くらいで、その後、15分くらい私が席を外している間に2人が相談し、その上で、私が部屋に戻り、評価を言い渡されました。最初にこの流れをM先生が説明してくれたと思います。それから、最初に、何故中世イギリス演劇に関心を持つようになったか、そして、このテーマを選んだのは何故か、という2つの予想していた質問を受けました。その後は具体的にどういう質問があったかは、もう忘れてしまいました。というより、下手な英語を使って非常に苦労して質問に答えていたので、憶えている余裕も無かったという感じです。卒論や修論の口頭試問、入試の面接など、これまで教師として若い人に色々と質問する機会は多かったのですが、自分が質問を受ける側になってみると、なかなか上手く受け答えできないなあ、と思いました。その主な原因は英語力不足でしたが。但、上で書いたように、口頭試問では評価はほとんど変わらないと思っていたので、それ程緊張はしませんでした。

最初に全般的講評として言われたのは、「あなたの論文はとても良い。(序論で)この論文の目的としていることを、全体として成し遂げている」ということでした。英語では、'It's a very good thesis. You accomplished what you set out to do'というような表現だったでしょう。その上で、これからの質疑応答では、今後、この論文を本や学術雑誌論文など何らかの形で発表する場合、どういう風に直していけば良いか、という視点から質問やコメントをします」とも言われました。それを聞いただけで、ああこれで少なくとも大きな問題はないんだな、とは分かりました。しかし、その後に頂いた質問やコメントを聞いて、自分の実力不足や不用意な点を痛感しました。基本的に、この分野の新しい批評を充分な量読んでおらず、その点で議論の厚みや深みが足りない、という事を指摘されました。但、既に、これはどうしようもないと自覚していた点です。私の英語力では、英語圏やヨーロッパの院生と比べるとどうしても読んだ研究書や論文の量で見劣りがし、提出前から言われるだろうと思っていました。しかし、もっと沢山注をつけて、読んでいる参考文献に詳しく言及すれば良かったな、とは思いました。私自身は、注の非常に多い論文は、そうした注に気を取られて読みづらいと感じるので、注があまり多くなるのは好きではないのです。また、私のメイン・スーパーバイザーからも参考文献の不足についての注意が全くなかったのも、こういう指摘を受ける結果になってしまった一因でしょう。一方で、私のスーパーバイザーは論文の構成については、度々的確な指示をしてくれ、おかげで、VIVAでは、そういった点での駄目出しはまったくなく、むしろ評価するコメントをいただきました。著書、編著を色々と出されているベテラン教授のエクスターナル、M先生は、今の出版情勢を考えると、私の博論をこのままアカデミックな議論ばかりの状態で単著として出版するのは無理だが、より一般的な説明を付け加えて書き直せば、出版が可能かも知れない、と言われました。書籍にも出来ると言って下さっただけでも、私には大変光栄でしたが、正直言って、ここまで来るのに約9年もかかっているので、これ以上、また大幅に書き直し、出版社のエディターや何人かのレフリーに読んで貰って更に色々と書き直し、しかも補助金や自己資金なしでは、出版できるかどうかも分からない、という困難な道をたどる時間やエネルギーは、年寄りの私にはありません。ということで、口頭発表や学術雑誌への投稿という形で発表していきたい、と答えたと思います。

内容に関して、各章の要点となっている大きなトピックとか、私の考えた新しい解釈などについては、ほとんど問題ない、むしろかなり高く評価されているところも多い、という印象を受け、嬉しく思いました。日本の学会で過去に研究発表や論文の投稿をした時には、「それは考えすぎでしょう」とか「的外れ」というようなコメントを何度もいただいているので、部分的には、あるいは章によっては、内容面でそういうコメントをある程度いただくだろう、と思ったのですが、全くなかったと思います。上に書いたように、問題点としては、文献の読み方が足りず、議論が不十分な点を指摘された程度だったでしょう。また口頭試問の目的に沿って、論文についての試験官の評価や意見を言うよりも、私の考えを聞く方に主眼が置かれていました。

さて、質疑応答はあっという間に終わり、15分ほど私が席を外した後に戻ると、評価が言い渡されました。2人の試験官が紙面で出して下さる点について論文の細かな訂正をするということを条件にパス(pass with monor corrections)という、最も多い評価をいただきました。その後は、ではさようなら、という感じで、さっさと帰宅の途に就きました。色々な大学院では、VIVAの後、スーパーバイザーや試験官とシャンパンで乾杯したり、パブに行ったり、まあ少なくともお茶を飲んで苦労話したりくらいはするらしいのですが、ちょっとあっけらかんとした幕切れでした。何しろ指導教授はもうとっくに引退していて大学には来てないし、私は試験官2人とはほとんど初対面か、以前学会で挨拶しただけという程度の知り合いですからね。

VIVAの時に口頭で言われた評価は上記の通りなんですが、その後郵送で送られてきた公式のExaminers' Reportの評価は、既に書いた1から8までの成績のうち、1,つまりストレート・パスにチェックが付けてありました。しかし、添付文書で、訂正点として、M先生はシングル・スペースで1.5ページ、W先生は2ページちょっとにわたり色々直すべきところが書いてありました。それらはほぼすべて、語句やスタイルの訂正で、平凡なケアレスミス、冠詞の要・不要、前置詞の間違い、適切な単語への置き換えなどでした。つまりそういう内容には関わらない語句の訂正だけならば、評価は1となるんですかねえ。良く分かりません。それにしても、本文をしっかり見直し、更に元大学教授で、プロのプルーフ・リーダーをされている方に原稿を直して貰い、またメイン・スーパーバイザーのG先生も、単純な英語の修正はしないことにはなっていたのですが、それでもかなりの間違いを直してくれたのですが、なおも随分沢山の間違いが残っていたものです。やれやれ・・・。まあ、試験官が英文学の研究者ですから、言葉には厳しいですよね。

Examiners' Reportには、そうした細かな間違いの訂正の他に、試験官連名のVIVAの報告、インターナルのW先生による全体的な講評(シングルスペースで1.5ページ)があり、それぞれに私の論文の長所と、出版する場合に改善すべき点が書いてありました。その上、W先生は、ほぼ4ページにわたり、各章や序章、結論について、内容に関する大変具体的なコメントを書いて下さいました(すべてシングル・スペースですのでかなりの分量です)。今それを手元で見ているのですが、論文や学会発表の業績を矢継ぎ早に出され、大変お忙しいに違いないW先生が私の為に使って下さった時間や傾けて下った努力には本当に頭が下がります。VIVAの後、お礼のメールを書いたのですが、学位を貰った今、もう一回書かないといけないな。

VIVAを終えてホッとした翌日の9月12日、メイン・スーパーバイザーのG先生のロンドンのご自宅に伺って試験結果の報告をし、楽しい時間を過ごしました。本当に9年間も辛抱して付き合ってくれた彼には感謝し過ぎることはありません。また、最近のイギリスの大学では、決まった年限で博論を出させないとその学生の所属学科の評価が下がるようなので、急いで作業するように強力にプッシュするところが増えているようです。この歳で、しかも博士課程の学問を充分に味わおうと思って入学したのに、学部やセンターの方針で圧力をかけられるとウンザリして嫌になったと思うので、そうでないスーパーバイザー、そうでない所属機関とセンターで本当に幸いでした。

VIVAの3日後、14日の飛行機で帰国。帰ってからしばらくは時差ボケで、例によって体調もひどかったのですが、ぼつぼつ試験官に指摘された訂正点を直し、9月19日にケント大学中世・近代初期研究センターのセクレタリーに修正した論文を送りました。それをセクレタリーがインターナルのW先生に転送してくれ、10月27日に、セクレタリーから、W先生が訂正点を承認し学位授与が最終決定した、とのメールがありました。それで、私は博士論文を収める電子リポジトリに論文をアップロード。予めG先生と相談して、3年後の2020年10月に全面公開というスケジュールにして貰いました。

ケント大学カンタベリー・キャンパスの卒業式(学位授与式)は7月と11月に開かれます。直後の11月の卒業式には手続き上間に合わないので、私の卒業式は2018年7月になりました。論文提出後VIVAまで5ヶ月待ったし、最終承認が下りたのが11月の式の直前というタイミングの悪さで、卒業式の出席は提出の1年3ヶ月後となってしまいました。

さて、前回に続き、今回も長文になりました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。論文提出に関して、提出前後の仕上げの作業や全体的な執筆の反省点、私が抱えていた問題など、近いうち、多分もう1回か2回書こうと思っています。

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