2018/09/01

論文提出から口頭試問(VIVA)の前まで

前回、Ph.Dの学位授与式の様子などを書いたのですが、式というものはやはりかなりの感慨を生むように出来ていて、出席して良かったと思いました。しかし、私にとっては、遙かに大きな区切りであり、歓びを感じたのは、論文の提出と、口頭試問(英語ではVIVA、ないしはViva Voce)を終えた時でした。そこで、今回は博士論文提出からVIVA(ヴァイヴァ、と読みます)の前までの手続きや準備について書きたいと思います。というのも、私自身、昨年4月に論文を提出すると直ぐ、いやそれ以前からずっと、色々な元Ph.D学生の方々のブログやネット談話室の書き込みなどを読んで、VIVAというものはどういうものか、またどう備えたら良いか調べていました。知人の超優秀な日本人留学生がマンチェスター大学大学院に行かれたのですが、マンチェスターでは指導教授がVIVAの予行演習をやって下さったそうです。私の指導教授は何しろ引退していて大学にはいないし、私は日本にいるし、とても親切な方なんですが、そもそもそういう細かいケアをやって下さる方ではなく、VIVAについては、何のアドバイスもありませんでした。「君の論文は私ともう一人のスーパーバイザー、B先生が高く評価しているから、心配することはない」とは言ってくださいましたけれど・・・。ケント大キャンパスにいると、大学院には色々な実用的ワークショップがあり、そのひとつとしてVIVA preparation workshopという講演会を時々やっていて、それを受講したかったなあ、と思っていましたが、日本で勉強しているので無理・・・(これからイギリスでVIVAを受ける方はおそらく多くの大学院にあると思うので利用してください)。私は、前回書いたように、特にブラッドフォード大学の院生だったTakaoさんのブログと、イギリスに住んでおられる日本語教師のデコボコ・ミチさんのブログを参考にさせていただきました。分野が違うので、具体的な準備方法を教わると言うよりは、同じ日本人が受けた時の感想を日本語で読んで少し安心できた、という感じでしょうか。それから具体的には、大抵の大きな大学の大学院のウェッブサイトには、VIVAについての詳しい解説や準備方法が説明してあるでしょう。アドバイスや模擬VIVAのビデオは、YouTubeなどにもあります。

私の論文は4月始めに完成して、その後製本業者にソフトカバーで3部、製本を注文し、数日で送られてきました。製本業者にどういうところがあるかについては、日本の大学で博士論文を出された若い先生のブログを参考にしました。製本した一部は前回書いた関西にお住まいで、私の論文執筆の進行をずっと心配して下さっていた恩人の先生にお送りし、残り2部をケント大学の中世・チューダー朝研究センターの事務室に送りました。また、論文のPDFファイルをメールでほぼ同時に送付しました。現在、ケント大学では、製本した論文を最終的には提出する必要はありません。試験官が読むためのソフトカバーで製本された論文を提出する必要があるのみです。VIVAの後、訂正など済ませた論文のファイルを提出し、予め決められた時期に大学の電子リポジトリより公開されます。公開については、1)訂正等終わり、合格した時点での即時公開、2)一定の年限、遅らせての公開(例えば提出の3年後など)、3)本人の同意がない限り未公開のまま、の3種類から選ぶようになっています。2のケースを取る主な理由は、学術雑誌への投稿や研究発表の場合、未公開を原則とする事が多いからです。但、長大な博士論文をそのまま雑誌論文や口頭発表の原稿には出来ないので、同じ文章となることは少ないとは思いますが、1章をほぼそのまま使うというようなケースはしばしばあるでしょう。ハードコピーはその後、もう一部作り、セカンド・スーパーバイザーに送呈しました。メイン・スーパーバイザーの先生は、論文のファイルがあれば充分とのことでした。実は私自身も自分用に製本したものは持っていません。口頭試問の時も、自宅のプリンターで印刷し、文具店で買ったバインダーで綴じた論文を参照しました。

さて、口頭試問の試験官の人選ですが、丁度、論文を提出した4月頃に決まったと思います。人選にはスーパーバイザー2人と所属部門の(私の場合、中世・近代初期研究センターの)先生1人か2人がかかわります。後者はおそらくセンター長と学内試験官(an internal examiner、単にinternal と略すことも多い)。学内試験官は、大抵所属学部やセンターで学生の論文内容と専門分野が一番近い先生になるでしょう。私の試験の場合、論文の題材である中世イギリス演劇を主な研究対象とされている若い先生がおられたので、ほぼ自動的にその方がインターナルとなられるだろうと想像出来ました。そうすると、インターナルと指導教授が相談して、外部試験官(an external examiner、エクスターナル)を決めます。イギリスの大学の博士論文審査は、学内試験官一名と、学外試験官一名によってなされます。普通、研究室やセミナー室などの部屋を使い、非公開による開催です(日本やヨーロッパ大陸の大学では、公開審査が結構あるようですし、あるいは口頭試問自体は非公開で行われても、その後、公開の論文発表会が行われる場合もあります)。学位候補者の指導教授は審査に加わることは出来ませんが、オブザーバーとして試験に立ちあうことは許されます。日本の大学の場合、恐らく指導教授が試験官に加わるところが多いでしょう。私の指導教授も、自分は審査に参加できないので、「君の論文は充分合格すると確信しているが、こればかりはやってみないと分からない(You never know what will happen)」とは言っていました。指導教授がオブザーバーとして加わると、試験官ふたりはかなり緊張するかも知れませんね。なお、おそらく、学位候補者自身も指導教授を通じて試験官、特に学外試験官の人選について希望を出すことは可能でしょう。私は特に希望はなかったので、先生達にお任せしました。日本の大学と大分違う点として、試験官は教授とかその他のベテラン教員(イギリスでは例えばa senior lecturer)とは限らず、かなり若い先生も試験官になる可能性があります。そもそも、英語圏諸国では大学院のセミナーやチュートリアルを教えたり、博士論文の授業を担当するのは、ベテラン教員とは限らず、30歳代の方も沢山います。一般的に言って、学内の役職などで大変忙しい年配教員よりも、若い先生方の方が最新の研究に通じていることが多いのは、イギリスでも日本でも同じでしょう。ベテラン教授だけが大学院を担当するのが通例の日本のシステムは良くないと思います。

論文の提出後1ヶ月位過ぎた5月中旬にエクスターナルの先生が決まったのだろうと思います。セクレタリーがなかなか試験官の名前を知らせてくれないので(忘れていたのでしょう)、6月になってこちらから尋ねました。インターナルは予想していた若手中世劇研究者で、エクスターナルは、中世劇研究では知らない人がいない大ベテランの権威者でした。学会で2度会って少し言葉を交わしたことがありましたが、とても紳士的で、親切な方という印象を受けたので、彼に決まって安堵しました。彼は丁度大学を退職し、名誉教授になられたばかりだったと思います。その後、一月半くらい経った6月中旬、口頭試問の期日は9月11日と通知がありました。一応建前としては、論文の提出から3ヶ月以内程度で口頭試問があることになっていましたので、そして多くの大学ではその程度のようなので、5ヶ月近く経った後というのは、かなり時間がかかっています。私が国外にいて、連絡がいまひとつスムーズにいかなかった点に加え、エクスターナルは最初別の候補者が考えられていたのかも知れない、などと想像していますが、分かりません。さてそれであわてて飛行機の切符やらイギリスの宿舎やらを手配しました。

さて、そういう手続きを追いかけながらも、私はVIVAの具体的な準備をしていました。私自身は専任教員時代、所属学科に博士課程はなかったので博士論文の審査はしたことがなかったのですが、修士論文の審査は度々やりました。修士であろうと博士であろうと、口頭試問では、最初の方で幾つかの基本的な質問をしますので、それに対する答は用意しておかないといけません。私は次のような一般的な質問に対する英語の答を書いて、何度も読み返しました:

1. 何故私は中世劇に関心を持つに至ったか。-----これについては口頭試問で実際に聞かれました。

2. なぜこの論文で取り上げたテーマを選ぶに至ったか。-----これについても聞かれました。

3. この論文の特徴と長所-----5点ほど、長所を述べました。特に「長所を述べてください」というような聞かれ方はしませんでしたが、色々な質問に答える上で役に立ったとは思います。

4. この論文の短所や残った疑問点-----自分の能力不足などから、やりたくても手が届かなかったことなど3点をまとめました。直接こういう問いはなかったように思いますが、全体として、論文の欠点を自覚しておくことは役だったと思います。

5. もっと時間をかけることが出来ればやったであろう点-----4の続きみたいなことですが、2点ほど挙げました。しかし、こういう問いかけはありませんでした。

6. 今後どういう方向に研究を進めたいか、論文の成果をどういう風にして発表、ないしは社会に還元したいか。-----口頭試問でもちょっとこういう話はありました。但、答を準備するほどの問題じゃないですね。それに私はもう老人なので、今は正に、仕事も研究も引退です。

以上6点について、英語で2ページ半くらいの答を用意しておきました。更に論文の各章、序章、結論の簡潔なサマリーを3ページほどにまとめました。

以上の準備に加え、これが一番時間がかかったのですが(1ヶ月以上かけたかな)、博士論文の「詳しい」サマリーを12ページにわたって書きました。これは文章ではなく、各ページ毎に大体何が書いてあるか、数語(1行程度)でまとめるように心がけました。ひとつの理由は、何か具体的な事を聞かれたときに、論文のどこに書いてあるかが速やかに分かって、なるべく早く答えられるようにと思ったからです。でも口頭試問では実際にはそのような細かな質問はなく、実際、このサマリーを口頭試問の間に開くことはありませんでした。但、このような詳しいサマリーを作ることで、ほぼ9年近くの長い時間で書いてきた論文を読み返し、細かく思い出すことが出来たので、充分にやった甲斐はありました。

以上、英語で書いた文章をひとつの紙挟みに綴じて、プリントした論文を挟んだバインダーと共に口頭試問の会場に持参しました。

さて、この次は口頭試問当日の様子を書こうと思いますが、このエントリーもたいへん長くなってきたので、ここで一旦止めて、また改めて書きます。

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