2011/08/22

Tony Harrison, "The Globe Mysteries" (The Globe Theatre, 2011.8.20)

お手軽すぎるダイジェスト版
"The Globe Mysteries" 


The Globe Theatre 公演
観劇日:2011.8.20, 2:00-4:50, with an interval
劇場:The Globe Theatre

☆☆ / 5



イギリス演劇や現代小説、そして最近は大まじめに原発のことまで書いてしまったが、私が一番興味あることは中世英文学、特に中世演劇であるので、今回は一番嬉しいトピックなんだが、☆は・・・ふたつだけだなあ。

サイクル劇をそのままテキスト通りに上演することは、現代では不可能に近い。昔通りにヨーク・サイクルをやれば、夜明けから深夜までかかりかねない。シェイクスピアのパラ戦争の劇を連続上演する試みが時々あるが、聖史劇を通しでやればそれより長くなるだろう。長い時間をかけて多くのアマチュア劇団が上演する現代のヨーク市の公演でさえ、かなりピックアップされたものを演じていて、演じない部分も大きい。まして、商業劇場であるGlobe Theatreでやるのであるから、大幅なカットというより、サイクルの一部を選択して上演することになるのはやむを得ない。

その場合、ひとつの手段としては、特に興味深い劇を幾つか選び、元のテキストに近い形で演じ。その他は完全に省略するか、簡単になぞる程度にするという選択肢。もうひとつは、全体をバランスの取れるように縮小して、なるべくたくさんのエピソードを盛り込みつつ、サイクル全体を細かい劇の集まりではなく、ひとつのドラマ、天地創造から最後の審判までの人類史、という1本のストーリーであることを強調するやり方。後者の場合、サイクル劇の物語を生かしつつも、上演台本はオリジナルに近くなる。今回の"The Globe Mysteries"は後者のタイプで、脚本はTony Harrison。彼は以前1977年にヨークの劇に基づいたバージョンを出していて、それをNational Theatreが上演した。これはおそらく今も発売されている次のテキストではないかと思う: Tony Harrison, "Plays One, The Mysteries" (Favor and Favor, 1985)。今回のテキストはこのテキストとどう関係しているのか、私は読んでいないが、かなり違うようである。そのうち、この発売されているテキストを読んでみようとは思っている。そのNTの公演は丸一日かかり、しかも劇場の外を使って、中世のように動き回る公演 (a promnade production) だったようだ。

さて、今回の公演、個人的な感想からはっきり言うと、まったく良くなかった。休憩時間を除くと2時間35分くらいの上演時間に、サイクル劇でお馴染みのエピソードはほとんど全部詰め込んでいるので、ひとつひとつがあまりに簡単過ぎて、全く盛り上がらない。初めての人に、聖史劇ってこんな感じです、と粗筋を説明するには適当だが、あまり感動している余裕がない。とりわけ、聖史劇のクライマックスである受難のシーン、特にキリストの裁判が簡単すぎる。カヤパやアンナスが独立したキャラクターとして出てこず、ユダヤの祭司の台詞がほとんどないし、ユダヤ人達がよってたかってキリストを処刑しろと叫ぶシーンも、観客の間に役者が入って少し再現したが、簡単すぎる。最初の方でも、天地創造やアダムとイブの堕罪と楽園追放、ヘロデの嬰児殺害(The Killing of the Innocents)などもさっとなぞっただけという感じである。前半で比較的時間をかけて雰囲気を盛り上げようとしたのは、アブラハムとイサクのエピソードくらいだろう。

その割には、磔刑の後の、地獄の解放(The Harrowing of Hell)やイエスの復活、使徒トマスの疑い(The Doubing Thomas)、イエスとマリアの昇天、そして最後の審判などには、大変長い時間を使っているので驚いた。これらのエピソードは、それ程読まれることも上演されることもない部分なので、それはそれで珍しくて価値があるが、しかし、磔刑以前のエピソードにもっと時間をかけたほうが全体としては説得力があったと確信する。また、上演テキストやHarrison自身の解説がないのでよく分からないが、サイクル劇のオリジナルから大分離れて、Harrisonが創作した部分が大きいのではないか。時間配分から行っても、裁判まで終わったところでインターバルとなり、後半はキリストの磔刑から始まるのだが、最後の晩餐かキリストの捕縛あたりで前半を終え、そこまでをもっと詳しくすべきだ。

2時間半ちょっとという上演時間そのものも短すぎる。休憩を除いても3時間から3時間半は欲しい。私の好みを言えば、幾つかのエピソードに絞って、なるべく原作の現代語訳テキストを使って欲しい。サイクル形式でやることがほとんどで今までそういう試みは少ないようだが、例えば完全な受難劇として、受難のシーンだけやるという選択もあり得るのではないか。

長時間かけて山車を使ってやるヨークでの上演と違い、一箇所の劇場でやる場合、セットを目まぐるしく替え続けることには時間も費用も限界があるので、セットが簡略化されるのは仕方ない。しかし、衣装くらい豪華にして欲しかった。現代服の上演であるが、それにしてもがっかりした。キリストはTシャツにジーンズ("Jesus Christ Superstar"の影響か?)。磔刑になる時もそのままのTシャツを着た格好。磔刑シーンでは、腰布だけで裸体でないと意味が無い。また、父なる神も、だらっとしたカーディガンみたいな服を着た老人。威厳は全くなし。アダムとイブは、子供も多い劇場なので全裸は無理というのは、残念にしても理解はできるが、白い下着を着けていたのは興ざめ。体を隠さない無垢の心こそ、作られた時の人間の姿だからだ(だからキリストも裸体である必要がある)。せめて肌色の布で体を覆い、裸体であることを示して欲しい。キリストを磔刑にした兵隊達が工事の労働者か職人みたいだったのは、観客との距離を縮めて効果的ではあったが。これは、キリストを処刑したのは我々自身、と観客に感じさせるためだろう。観客の間に入った役者から、キリストを糾弾する声を出させるなど、観客がこの劇で描かれる歴史の中に居ることを強調する工夫は随所にあった。しかし、今回のような現代服の上演ならば、ローマ兵や中世の騎士に並ぶ存在であるから、独裁国家の物々しい武装をした兵士などであれば、遙かに迫力があっただろう。

英語がとても分かりにくかったのは、役者がワーキング・クラスの、しかも方言をしゃべっていたからだろう。努めて庶民的な発音にして、観客に身近な出来事に見せようとしているのだろう。しかし、神やイエスまでそういう感じで話していたように見えるのはいただけない。神は神らしく、威厳を持ったトーンが必要だ。とりわけキリストの造形がまずい。聖史劇のキリストは、静かに苦難を耐え忍ぶが大変威厳のある人物。しかし、今回のキリストは、観客に身近になるように意図されていて、街角のお兄さん、という風貌。人類の罪を一身に背負った人の荘厳さは感じられない。カヤパやアンナスもほとんど出番はなく、ピラトの出番もかなり切り詰められており、為政者の言葉をしゃべる人が目立たないのも物足りない。

俳優も特に印象に残った人はおらず、また有名俳優の出演は無いようであり、全体に軽量級のプロダクションだった。イエスをやったWilliam AshはBBC Oneの学園ドラマ、"Waterloo Road"で先生を演じている人。昨年夏、ヨーク市で見たアマチュア劇団を中心とした公演のほうが大分良かったのは確か。

The Globe Theatreが出来、Mark Rylanceの下でシェイクスピア時代の演劇上演を復元しようという意気に満ちていた時代、本当かどうか分からないが、役者は下着まで16世紀仕様のものを身につけたという逸話もある。中世・ルネサンス演劇の研究者にとっては面白い時代だったと思う。今のThe Globe Theatreは商業化し、ロンドン観光を兼ねた観客層が定着して経営は安定しているようだが、16世紀風の劇場でも、中身は古典を良くやる普通の劇場になってしまった気がする。売店に公演の写真が無いのは残念だが、そういうところにも、アカデミックな雰囲気が無くなったことを感じる。

途中かなりの雨が降り、土間に立っていた人達はずぶ濡れで気の毒だった。終わり頃には厳しい日射しが降り注ぎ、2階正面のギャラリー席の人は直射日光でまぶしそう。野外劇場は大変だ。

演出:Deborah Bruce
脚本:Tony Harrison (a new version)
セット:Jonathan Fensom
音楽:Oly Fox
振付:Siân Williams
衣装:Sarah Bowern
Voice & Diarect: Mary Howland
Movement: Glynn MacDonald
Musical Director: Philip Hopkins

出演:
William Ash (Jesus / Issac)
Joe Caffrey (Cain / Abraham / King / Knight / Jacob)
Philip Cumbus (Gabriel /Judas / Ribald)
Marcus Griffith (Adam / King / Soldier / Priest)
David Hargreaves (God the Father)
Adrian Hood (Shepherd / Poor Man / Andrew / Knight / Thomas)
Paul Hunter (Lucifer / Shepherd / Herod / Blind Man / Knight)
Lisa McGrillis (Eve / Woman / Mother / Angel / Mary Salome)
David Nellist (Abel / King / Soldier / Philip Knight)
Matthew Pidgeon (Joseph  / Mak / Pilate / Beelzebub)
John Stahl (Noah / Shepherd / John the Baptist / John / Marlcus / Barabbas)
Only Uhiara (Mary / Gill / Woman / Mary Magdalene)
Helen Weir (Noah's wife / Woman / Mary Mother)

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