2011/05/30

Terence Rattigan, "Flare Path" (Theatre Royal Haymarket, 2011.5.28)

戦時下の愛と忍耐を描く良質の娯楽作品
"Flare Path"



Theatre Royal Haymarket 公演
観劇日:2011.5.28  14:30-17:00
劇場:Theatre Royal Haymarket

演出:Trevor Nunn
脚本:Terence Rattigan
セット、衣装:Stephen Brimson Lewis
照明:Paul Pyant
音響:Paul Groothuis
方言指導:Penny Dyer

出演:
Sienna Miller (Patricia Warren [Mrs Graham])
Harry Hadden-Paton (Flight Lieutenant Graham, [Teddy, Patricia's husband])
James Purefoy (Peter Kyle, an actor)
Sheridan Smith (Countess Skriczevinsky [Doris])
Mark Dexter (Flight Officer Count Skriczevinsky [Johnny])
Joe Armstrong (Sergeant Miller [Dusty])
Emma Handy (Mrs Miller [Maudie])
Sarah Crowden (Mrs Oakes, hotel manager)
Matthew Tennyson (Percy, hotel employee)
Clive Wood (Squadron Leader Swanson)

☆☆☆ (3.5程度) / 5

まもなく終了するが(11日まで)、ラティガン・イヤーの最中のヒット公演。大きな劇場であるが、切符は一部の安い席を除きほとんど売りきれるようであり、各紙で大変良いリビューを得ている。ディレクターはTrevor Nunn、主演は人気ハリウッド映画俳優のSienna Miller。そして、ミュージカル"Legally Blonde"で好評だったSheridan Smith。私のスーパーバイザーも見て、楽しんだと言っていた。予想した通り良質の公演だった。ただ、私の席がupper circleという天井に近い席で、あまりにもステージから遠かったことで、個人的にはインパクトが薄れた。また、体調が悪く、悪寒や痛みを感じつつ見なければならなかったのもマイナスだった。体調が良く、席ももう少しましな席にしていたらかなり印象も違っただろう、と大変残念。

場面設定は、第二次世界大戦中のリンカーンシャーにある空軍基地近くの田舎ホテル。爆撃機のパイロットや砲手、そして彼らの家族達などが滞在している。Siena Miller演じるPatriciaもその1人。気が弱いところがあるが大変人の良い、彼女にぞっこんの夫Teddyと結婚している。彼女は、日頃は女優として仕事をしていて、この日、夫を訪ねてくる。同じ時にやって来たのがやはり著名な俳優のPeter Kyle。彼とPatriciaはもともと恋人であったが、結婚にふみきれず、その後、PatriciaはTeddyと結婚した。しかし、KyleはPatriciaが忘れられず、また彼女も彼への愛が捨てきれてない。Kyleはまた、年齢を重ね、スター俳優としてのキャリアに限界が見えて悩んでいるが、Patriciaの愛を支えに生きていきたいと願っている。2人はこの日再会して、愛を確かめ合う。Patricialは、偽りの結婚生活を捨て、Teddyに本当の事を言って別れてKyleと一緒になる決心をし、夫への告白の機会をうかがう。

その夜、Teddyを始めとして、このホテルに宿泊している軍人達は4機の爆撃機で空爆に飛び立つが、敵の攻撃を受け、一機は離陸後直ぐに撃墜され大破。その後、一機は帰還せず、無事に帰ってきたのは2機のみ。Patriciaを始め、ホテルで待つ妻達は生きた心地もしない。結局帰還しなかった1機には、Sheridan Smith扮するDoris(Countess Skriczevinsky、彼女はホテル・バーのメイドをしていてCountと知り合った)の夫で、亡命ポーランド人パイロットのJohnnyが乗っていた。Teddyが操縦する爆撃機は危ういところを難を逃れて帰還できたが、Teddy自身は恐怖、そしてクルーを支えて帰還させなければならないという重圧で震え上がり、非常に動揺していた。しかし、彼の唯一の支えである妻Patriciaの慰めを得て落ち着きを取り戻す。Patriciaは、自分をそれほどまでに愛し、彼女に頼り信頼しきっているTeddyを今捨ててKyleと去ることは到底出来ないと感じ、古い愛をあきらめてTeddyと共に戦争を生き抜くことにする。Kyleも彼女の決断を受け入れ、もう二度と会いに来ないと言って去っていく。

非常にオーソドックスで、上質な演出、セット、演技だった。昨年National Theatreで見た、やはり大評判を取ったRattiganの"After the Dance"と比べても遜色ない出来。ただし、"After the Dance"がややモダンな味付けが感じられたし、また、内容も作者が物語の人物とかなり距離を置いて書いている感じだったが、この作品は、戦時中の1942年に初演され、パイロットとその家族の話であるので、登場人物の視点と作者のそれの距離が近い。結末もほろ苦いハッピー・エンドという終わり方であり、今の時点で外国人で戦後世代の私が見ると、いささか甘ったるい印象である。しかし、戦争の最中の作品であるから、兵士や家族が払わなければならなかった犠牲を暖かく描くのは当然だろう。むしろ、俳優のカップルと軍人達を絡ませて、心温まる話を作り上げ、それが、ドイツ軍の爆撃の最中、ウエスト・エンドの劇場でロングランしていた事を考えると、イギリスの演劇文化のふところの深さに驚く。

Siena MillerとSheridan Smithの2人の女優が大変可憐であるが、それを支える男優達のサポートも見事で、良く出来たアンサンブル劇。演技に隙のある人がおらず、特に変わったことはないが、欠点の見あたらないプロダクション。セットも、細かいディテールが当時の雰囲気を良く伝えている。また、飛行機が飛び立つシーンで、映像を使ったのも効果的だった。ただ、ラティガンにしては、テキストそのものがいささかセンチメンタルだと感じたが、戦時の作品であったので仕方ないかと思う。私の隣席に座った初老の奥方は劇の最後30分くらい、ハンカチが手放せなかった。誰しも楽しめるプロダクションであり、ウエスト・エンドの商業劇場にふさわしいストレート・プレイだ。

テキスト自体も、読むだけで結構楽しい作品であり、劇場に行けない方にもお勧めできる。"Flare Path"とは、飛行機の夜間離着陸の時、滑走路の輪郭を示す照明灯の帯の事らしい。素晴らしい題名だが、プログラムによるとRattigan自身のアイデアではない。彼が当時かかっていた精神科医のKeith Newmanが与えてくれた題名らしい。

軍人の面白いスラングが出て来て、プログラムに解説があったので、一部メモしておく:
do:空爆、shaky do:困難な空爆、funk:パニック、鬱状態、恐怖、in the drink:海で、catted:吐いた、stooge:特定の標的がなく飛行すること(例えば訓練飛行など)、tail end stooge:爆撃機後部の砲手(この劇のDustyがそうである)、shooting a line:自慢げにふるまったり話したりすること(lineはここではboastと同じ意味)

写真はTheatre Royal Haymarket。

0 件のコメント:

コメントを投稿