2018/03/11

ジェイムズ・M・ギブソン博士(Dr James M. Gibson)、ご逝去

「英国初期演劇資料集」(Records of Early English Drama、略してREED)のケント州(カンタベリー主教区)の巻(3分冊)、'Kent: Diocese of Canterbury' (University of Toronto Press, 2002)、の編集者として、中世イギリス演劇研究の世界では名高いジェイムズ・M・ギブソン博士が亡くなった。

アーカイヴィストとして所属していた The Rochester Bridge Trust の経歴欄にお知らせがあった(下方にスクロールして下さると写真入りの経歴が出て来ます)。

イギリス中世劇関連のメーリング・リストでもお知らせが送られてきたが、何故亡くなられたかは書かれていない。最近70歳になられたばかりということで、早逝されたと言えるだろう。まだアーカイブ資料の発掘、編集、刊行に関して貴重なお仕事をされていた最中のようでもあり、大変惜しまれる。

彼はニューヨーク州のリベラル・アーツ・カレッジ、ホートン・カレッジ(Houghton College)でBAを取得され、その後、ペンシルヴァニア大学で修士号と博士号を得ている。母校ホートン・カレッジの専任教員として勤められたようだが、1984年、「英国初期演劇資料集」のケントの巻の資料調査のためにサバティカルでイギリスに来られ、そのまま母国での安定した教職を辞して、ケントに移住する決断をされたようだ。奥様やお子さん達もおられるので、大変な決断だったことだろう。イギリスに来てからは、ロチェスター・ブリッジ・トラストという団体の非常勤アーキヴィストをされておられたが、それ以外に大学教員などの肩書きはなく、研究誌の執筆者紹介などでは、「独立研究者」となっていた。その後、2002年にREEDのケント州カンタベリー主教区の資料集を刊行された。彼はケント大学のセミナーでも1,2回はお話をされていると思う。私は2001年の4月から2002年の3月までケント大学の中世・チューダー朝研究センターに留学していた。残念ながら直接彼のお話を聞く機会はなかった。しかし、カンタベリー大聖堂の図書館でマイクロフィルム・リーダーに向かって資料を読んでおられる後ろ姿を、たまたま誰か(多分図書館員の方)に教えられて、見たことがある。大柄の方だったという記憶がある。

REEDはそのどの巻を取っても大変な労苦を費やした業績で、それぞれの巻がエディターのライフワークと言える程だが、ケント州カンタベリー主教区の巻は3分冊で、合わせて1700ページ以上あるもの凄い一次資料集だ。ラテン語、フランス語、中英語、近代初期英語の原文に加え、それらを読むためのグロッサリー、ラテン語や仏語の場合には翻訳もついており、非常に詳しいイントロダクションや注釈、インデックスもある。全部を真面目に通して読めば、それだけで1年くらいかかりそうな本である。

Gibson博士はREEDのカンタベリー教区に続き、ケント州ロチェスター主教区の資料集も編纂されていたと言うことだ。2007年に出ているある紹介によると、その頃既に、ロチェスター教区の巻は完成に近づいていると書かれているのだが、それから既に10年以上経っている。サザンプトン大学名誉教授のジョン・マクガヴィン先生がREEDのスコットランドの巻の編纂に数十年前から取り組まれていて、何年も前から刊行間近というお知らせがちらほら出るようになったが、出版に至ってない。この種の仕事は本当に息が長くて、研究者の寿命との競争だ。ロチェスターの巻はきっと間もなく出ることと思う。そのうち、イギリスの中世劇の先生に会うことがあったらどうなっているのか聞いてみよう。

彼は論文を書いたり研究発表をされたりはしているが、中世劇の研究者としては目立たない方だった。私も彼の論文を1本だけ読んでいるが、ケント州の上演資料を元にして、具体的な歴史的事実を指摘した論文だった。彼の真骨頂は、古文書学者としての実力にあったのではないだろうか。最近亡くなられたイアン・ドイル先生みたいな方だったと言えるかも知れない。

ギブソン博士、私達に素晴らしいお仕事を残して下さり、ありがとうございました。安らかに。

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