2009/12/23

チューダー朝・クライム・ノベル、C J Sansom, "Sovereign" (2006; Pan Books, 2007)




C J Sansom, "Sovereign" (2006; Pan Books, 2007) 662 pages

☆☆☆ / 5 (又は、☆3つ半くらいかな)

C J SansomのMatthew Shardlakeを主人公にしたチューダー朝クライム・ノベルの第3作目。1作目と2作目も読み、私もこれが3冊目。慣れてきて、ちょっと新鮮な驚きは無くなってしまったが、安心して楽しめる。今回も充分満足できた。但、あまり新鮮さを感じなかったので☆の数は控えめ。しかし、読むのが遅い私には、ながーい。終わりの方では、最初をのほうを忘れてかけてしまった。

舞台は1541年、チューダー朝ヘンリー8世治世下のイングランド。宗教改革も一段落し、Thomas Cromwellの失脚、1536年のAnne Boleynの処刑などと共に、一時の改革熱も冷め、宗教上の保守派回帰が起きていた時代。前作の"Dark Fire"では、Shardlakeは、渋々ながらも、政府の最有力者で、もちろん歴史上も大変重要な人物であるカンタベリー大司教Cromwellに雇われて特別捜査官として働いた。しかし、Cromwellの失脚、そして処刑と共に、Shardlakeは以前のように、土地取引など庶民の普通の法律案件を担当する弁護士(英語で言うとa jobbing lawyerというところか)の業務に戻っているが、無くなった父が残した借財などもあり、生活はそう豊かでもない。そこに、Cromwellの後に大司教に座った宗教改革派聖職者Thomas Cranmerからお呼びがかかる。折しもHenry VIIIは不穏な政情が続いていた北部の各地を大勢のお供の者や兵士を引き連れて巡幸することになっていた。(これを英語では"progress"という。謂わば移動する宮廷。中世・近代初期の王様は、一カ所の王宮にずっといるのではなく、年がら年中移動し、そうすることで、国の安定のために睨みを効かせた。)北部ではその数年前にThe Pilgrimage of Graceと呼ばれる、カトリック派を主体とした反宗教改革の大反乱が起きて、チューダー王室を震撼させた後であり、Henryは今も反王室感情がくすぶり続ける北部に一層堅い恭順を誓わせるという意図があった。

Shardlakeはその巡幸に伴う王室による移動裁判所の裁判官として雇用され、また、その片手間に、ヨーク市で捕らわれている重要な反逆者Sir Edward Broderickの首府への移送を監視する役目も仰せつかった。Shardlakeとしては、負債を清算するための割の良い臨時仕事のつもりだったのだが、行ってみると、チューダー朝王家の根幹を揺るがしかねない王家の血筋に関する秘密情報に関わったり、この後夫のHenryから処刑されることになる王妃Catherine Howardの密通らしき現場に遭遇したり、前作での事件以来Shardlakeを目の敵にしている枢密院の有力者Richard Richにまたまた出会っていじめられたりと、面倒な事に次々と巻き込まれてしまう。その為、彼は何者かから何度も命をつけ狙われ、また、彼が護送を支援することになっていた囚人も毒を飲まされて瀕死の重傷を負うなど、気軽なアルバイトのはずの北への旅は、生きるか死ぬかの、前作"Dark Fire"の事件以上に危険なミッションになってしまった。

600ページ以上ある小説であるから、とにかく色んなことが起きて、盛りだくさん。助手役のJack BarakとガールフレンドのTamasinの話とか、妻を次々と離婚したり処刑したりして取り替えた王Henry個人にまつわる話とか、かなりのアクション・シーンなど、ちょっと詰め込みすぎで、もう少しすっきり刈り込んで欲しい気はする。しかし、これだけ長くても、そう飽きさせず、結構息を飲んで読み進めるところも多い。熊いじめ(bear-baiting)の熊が故意に檻から放たれて、Shardlakeを殺そうと襲いかかったりするなど、発想もなかなか面白い。

私にとっては、このシリーズは読みやすいクライム・ノベルの器に、色々と同時代の歴史の重要な動きが盛り込んであるところが最大の魅力。歴史学の博士号を持つSansomの、Henry、Thomas Cranmer、Catherine Howardなどの人となりに関する考えが分かるのも興味深い。Henryは1491年生まれであるから、この小説の頃既に50歳。かってその長身の美しい姿で人々を魅了した君主も、足に酷い潰瘍が出来て腐敗臭を放ち、杖に寄りかかって歩く。たった一度Shardlakeに会うが、口汚く彼の身体障害(彼は所謂、せむし)を嘲笑するような、傲慢で非情な君主に描かれる。今回の作品は、ロンドンとチューダー朝宮廷の華やかさの陰に、ヨークシャーなどイングランド北部の貧困や大きな不満があったことを思い出させてくれた。もちろん、フィクションであるからこの本の内容を鵜呑みするのは大間違いであるが、教科書的な歴史書では分からない時代の日常生活の感触や庶民の思いについて考えるきっかけを与えてくれる。また、当時の弁護士の暮らしとか、法律や裁判について、少し垣間見ることが出来るのも私には嬉しい。Shardlakeシリーズはもう一冊出ているので、そのうち又読んで見たいと思っている。

(追記)このSansomのMatthew Shardlakeシリーズ、Kenneth Branagh主演でBBCのシリーズになると決まっているようです。放映がいつか知りませんが、もう大分前にそのニュースがあったので、2010年には始まるのではないかと期待しています。まずは、最初の作品"Dissolution"からだということです。更に、ある翻訳家の方のブログによると、シリーズの和訳も進行中と言うことです。

2 件のコメント:

  1. ライオネル2009年12月25日 0:01

    いま、ミステリチャンネルで「チューダー」というドラマを放送しています。
    ヘンリー8世が主役で、ちょうどアン・ブーリンが出てきています。
    この時代って、イギリスの歴史が激変した時代だし、このあと、エリザベスⅠやメアリー・スチュアートに続いていくので、おもしろいですね~
    ヘンリー8世はイヤな男ですけど。
    この時代のミステリーって時代を理解していないとわかりにくいんでしょうね?

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  2. ライオネル様、

    私も『チューダー』、知っています。いつかイギリスのテレビで一部だけ見た気がします。アメリカ向きに出来ていて、凄くけばけばしい感じだったような記憶がありますが、定かではありません。エリザベス女王の治世を含め、チューダー朝を舞台にしたテレビとか映画、本当に多いですね。日本で言うと戦国時代から江戸の始めくらいのドラマみたいなものでしょうか。個性的な人物が多くでた時代だし、またルネサンスと宗教改革という文化と宗教の大変革があったことも大きいですね。

    ところで大事な事を本文に書き忘れましたので、本文の末尾に書き足します。 Yoshi

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